喀痰のグラム染色
痰の性状、特に、痰の色調を確認することは、重要で、錆色の膿性痰は、肺炎球菌による肺炎で、認められる。
肺炎球菌でも、3型は細胞毒性が強く、肺胞隔を破壊し、出血を起こし、錆色の膿性痰を伴なう大葉性肺炎や、膿胸を来たし易い。
1.病原体による、喀痰の色の違い
1日に、約50〜100mlの気道液が、気管、気管支の杯細胞(分泌性上皮細胞)、粘膜下分泌腺、細気管支のクララ細胞、肺胞II型細胞から、分泌される。生理的な状態では、分泌された気道液は、再吸収や、呼吸に伴ない蒸発などが起こり、声門に達する量は、1日10ml程度とされる。この声門に達した気道液は、無意識的に、飲み込まれている。
感染などが起こると、気道液の質(性状)が変化し、また、気道液の生産量も増加し、痰(喀痰)として、喀出される。
痰は、下気道から喀出される。
喀出された痰には、多少の唾液が混入するが、扁平上皮細胞を多く含む場合は、唾液の混入した不良痰と考えられる。
痰の採取時には、口腔内常在菌を含む唾液の混入を防ぐ為に、予め、水道水などで、嗽をする。
喀出された痰は、舌先などを使って、口腔内の外に、出させ、滅菌容器に採取する。
採取した痰は、滅菌容器の蓋を閉めて、すみやかに検査室に運ぶか、冷所に保存する:凍結保存だと、菌数が減少してしまう。室温保存だと、口腔内常在菌の方が、呼吸器病原細菌より、速く増殖して、培養した際に、呼吸器病原細菌が検出されにくくなる。
1).透明な白色痰
透明な白色痰は、非細菌性の呼吸器感染症(多くは、ウイルス性感染症)を意味する。
2).透明な黄色痰
黄色痰は、痰の中に、細胞が増加していることを意味する。
透明な黄色痰は、細菌が存在するとしても、106/ml以下とされる。
ウイルス、マイコプラズマ、クラミジアなどの感染症でも、透明な黄色痰になる。
気管支喘息でも、好酸球増加により、透明な黄色痰になる。
鼻水や痰が、黄色くなるのは、細菌が増加して、白血球(好中球)が増えている時だが、風邪(ウイルス感染症)でも、治りがけに、ウイルスに対して免疫(抗体)が出来ると、白血球(好中球)が増える(III型アレルギー)ものと考えられる。
3).膿性痰
膿性痰は、色調が、黄色、緑色、錆色の違いがある。
黄色の膿性痰や、緑色の膿性痰は、病原細菌が増加(107/ml以上)して、好中球などの炎症細胞が増加したり、慢性下気道感染症により細胞残渣(注1)や繊維成分が増加している。緑色痰は、インフルエンザ菌(H. influenzae)感染と緑膿菌(P.
aeruginosa)感染において見られる。
錆色の膿性痰や、血液の混じった黄色や緑色の膿性痰は、組織侵襲性の強い莢膜保有病原細菌(肺炎球菌、肺炎桿菌、黄色ブドウ球菌など)が、原因のおそれがある。
2.呼吸器疾患による、喀痰の色などの違い
1).気管支喘息
気管支喘息(発作時)では、アルブミン濃度が増加して、唾液に類似した外観(スラリー状、注2)の痰が出る(水性透明な痰の中に、白色の混濁が見られる)。
喘息による咳などの症状は、深夜や早朝に現れることが多いが、COPDによる息切れなどの症状は、昼間の労作時に悪化する。
2).慢性気管支炎
フコース濃度が増加して、粘液性痰が出る。感染を起こすと、膿性痰が出る。
3).びまん性細気管支炎
IgA濃度が低下して、膿性の痰が出ることが多い。非常に薄い痰のこともある。
4).感染性呼吸器疾患
膿性痰が出る。粘液性痰のこともある。
5).bronchorrhoea
肺胞上皮癌や、気管支喘息の患者では、bronchorrhoeaと呼ばれ、泡を多く含む卵白様の外観を呈する痰(水性透明な痰)が、多量に喀出される。副腎皮質ホルモンが有効とされる。
6).咳喘息
咳喘息では、乾性咳嗽が見られるのが典型的だが、咳嗽発作に伴い少量の喀痰を認めることもある。
咳喘息では、喘鳴や呼吸困難は認めない。
咳喘息の咳発作は、夜間に現れることが圧倒的に多い:就寝時>夜中から早朝>起床時の順に多い。
咳喘息では、気管支喘息と異なり、呼吸音は全く正常(ラ音は聴取されない)。咳喘息では、強制的に息を吐かせても(強制呼出時の終末)、喘鳴(wheeze)は聴取されない。
咳喘息では、深く息を吸わせる(深吸気)と咳嗽が誘発され易い。
咳喘息の患者は、末梢血好酸球数の高値、血清IgE値の上昇、特異的IgE抗体(IgE-RAST陽性)など、アトピー性素因を示唆する検査所見が認められることがある。
咳喘息には、β2刺激薬(気管支拡張薬)に加え、ロイコトリエン受容体拮抗薬(LT拮抗薬)も有効と言われる。
7).アトピー咳嗽
アトピー咳嗽は、乾性咳嗽が主な症状。アトピー咳嗽は、しばしが、ノド(喉頭、気管)の異常感(イガイガ感)を伴うことが多い。
アトピー咳嗽の咳発作は、就寝時>深夜から早朝>起床時>早朝の順に多い。
アトピー咳嗽の患者は、喘息以外のアトピー性疾患の既往歴や家族歴を有する頻度が高い。アトピー咳嗽の患者は、末梢血好酸球数の高値、血清IgE値の上昇、特異的IgE抗体(IgE-RAST陽性)など、アトピー性素因を示唆する検査所見が認められることが多い。しかし、アトピー咳嗽は、咳喘息と異なり、β2刺激薬(気管支拡張薬)は無効。
アトピー咳嗽は、全ての年齢層の人に見られるが、特に、中年の女性に多く見られる。
抗ヒスタミン薬(抗ヒスタミン剤)は、アトピー咳嗽にも有効。
表1 咳喘息とアトピー咳嗽の相違点(参考文献の西耕一氏の表5を改変し引用)
|
咳喘息 |
アトピー咳嗽 |
β2刺激薬の効果 |
+(有効) |
−(無効) |
気道過敏性亢進 |
+(軽度) |
− |
咳感受性亢進 |
− |
+ |
好酸球気道炎症 |
+(中枢〜末梢) |
+(中枢) |
喘息への移行 |
+(約30%) |
− |
3.グラム染色による原因菌の推定
グラム染色は、細菌を染色性から、青く染まるグラム陽性菌と、赤く染まるグラム陰性菌に分ける。
喀痰のグラム染色の際には、菌の染色性、菌の形状、細胞残渣(注1)、繊維成分を確認する。
大型の扁平上皮細胞が混入している場合には、唾液が混入していることを意味する。
唾液が混入した痰は、培養時に、増殖力の強い常在細菌により、病原細菌が、検出されにくくなる。
菌名 |
英名 |
グラム染色 |
呼吸 |
形状 |
酵素 |
肺炎球菌 |
Streptococcus pneumoniae |
グラム陽性 |
通性嫌気性 |
双球菌 |
カタラーゼ陰性 |
インフルエンザ菌 |
Haemophilus influenzae |
グラム陰性 |
通性嫌気性 |
球桿菌 |
カタラーゼ陽性、 オキシダーゼ陽性 |
黄色ブドウ球菌 |
Staphylococcus aureus |
グラム陽性 |
通性嫌気性 |
球菌 |
カタラーゼ陽性、 コアグラーゼ陽性 |
A群溶血性連鎖球菌 |
Streptococcus pyogenes |
グラム陽性 |
通性嫌気性 |
球菌 |
カタラーゼ陰性 |
緑膿菌 |
Pseudomonas aeruginosa |
グラム陰性 |
偏性好気性 |
桿菌 |
オキシダーゼ陽性 |
1).肺炎球菌
肺炎球菌は、グラム染色では、青く染まるグラム陽性菌で、大半の菌は、双球菌として認められる(一部の菌は、連鎖状に見える)。
肺炎球菌は、莢膜(注3)を有しているので、菌体の周囲が透明で、色が抜けて見える。肺炎球菌は、莢膜が厚い為、好中球などに貪食されている像は、少ない。
肺炎球菌が、膿性痰から検出された場合は、肺炎球菌感染症である可能性が高い。しかし、肺炎球菌は、後鼻腔などの上気道には、常在している人もいる(注4)。検出された肺炎球菌が、菌量が多かったり、染色・検鏡で白血球の増加(浸潤)が見られる場合は、病原性を疑う。
肺炎球菌は、血液寒天培地を用いて、炭酸ガス培養して、検出する。
肺炎球菌は、莢膜を有しているので、白血球(好中球)に貪食されにくい。膿性の喀痰中で、多核白血球の周囲に、肺炎球菌が存在する場合は、肺炎球菌が多核白血球に貪食されていなくて、肺炎球菌による炎症を疑う。
肺炎球菌は、グラム陽性菌であり、標本をグラム染色すると、青色の双球菌として、同定される。喀痰や後鼻咽腔ぬぐい液の標本では、グラム染色をしても、肺炎球菌は、赤色のグラム陰性の双球菌に見える場合がある。
日本で分離される肺炎球菌は、19型、6型、23型、3型が多い。19型、6型(小児の肺炎に多い)、23型は、ペニシリン耐性菌(PRSP)が多い。3型(老人の肺炎に多い)は、ペニシリン耐性菌が少ない。日本で分離される肺炎球菌の血清型は、3型(12.7%)、19F型(9.3%)、23F型(6.8%)、6B型(5.9%)、6A型(5.9%)、14型(4.9%)、11A型(4.1%)、19A
型(3.7%)、9V型(3.6%)、22F型(3.1%)、その他の型の順に多い。
肺炎球菌は、光に対する感受性があり、光を避けた場所で、空気の通りが良い場所(後鼻腔)に常在している。
肺炎球菌の形状は、6型と3型とで異なる:6型は、細く小さく、3型は、丸く大きい。
肺炎球菌を培養した際のコロニーは、6型は、中央が窪んだ、艶のないコロニーを形成し、3型は、盛り上がり、粘りがあるムコイド型のコロニーを形成する。
肺炎球菌は、6型も3型は、白血球に附着するが、貪食を受けない。肺炎球菌の莢膜は、6型の方が、3型より薄い。 肺炎球菌は、増殖4時間後から、自己融解物質(自家融解物質)を出し、死滅し、増殖を停止して行く:肺炎球菌の自己融解は、6型より、3型の方が、激しい。
肺炎球菌は、正常な気道(無処理の気道)や、ホルマリン処理した気道に、接種しても、炎症を起こさない(感染しない)が、エーテル処理した気道(エーテルを嗅がせ、気道上皮の繊毛を傷める)と、炎症を起こす。
6型の肺炎球菌は、エーテル処理したマウスの気道に接種すると、接種24時間後に、片肺に肺炎を起こす:肺炎(気管支肺炎)を起こし、白血球が浸潤し、滲出液が貯留する。6型の肺炎球菌は、滲出液中で、薄かった莢膜が、厚くなる。接種48時間後には、白血球の浸潤は増加するが、肺炎球菌は、消失する。6型の肺炎球菌による肺炎は、片肺性なので、1週間程で、治癒する。
3型の肺炎球菌は、エーテル処理したマウスの気道に接種すると、6型の肺炎球菌より少ない菌量(1/20)で、肺炎を起こす。3型の肺炎球菌は、肺組織(肺胞等)を破って、増殖する。3型の肺炎球菌は、肺胞マクロファージに貪食されにくい。3型の肺炎球菌は、細胞毒性が強く、肺胞マクロファージを、4時間後には、全て死滅させる(6型の肺炎球菌の1/5の時間で死滅させる)。24時間後には、肺炎(大葉性肺炎)が起こり、肺胞隔が破壊され、出血し、赤血球が混じった浸出液中に肺炎球菌が増殖しているが、白血球の浸潤は少ない(浸出液中には、白血球と赤血球と肺炎球菌が混じり、赤錆色の膿性痰が形成される)。48時間後は、肺炎による炎症により、出血が続き、肺胞中に、肺炎球菌が増加しているが、浸潤した白血球数は少ない。3型の肺炎球菌による肺炎は、出血傾向が激しく、白血球の浸潤が少なく、肺炎球菌が増殖する。その結果、72時間後には、膿胸が形成される。膿胸中の白血球は、活動が鈍く、肺炎球菌を附着させるが、貪食出来ない。膿胸により、72時間後に、死滅するマウスが多い。膿胸は、6型の肺炎球菌の感染では、起こらない。膿胸のみが起こり、肺炎を来たさないこともある。
インフルエンザウイルスを感染させると、48時間後には、エーテル処理した気道と同様に、上皮細胞の繊毛が脱落したりして、肺炎球菌に感染し、肺炎を起こし易くなる。
肺炎球菌は、莢膜に病原性がある。莢膜産生能と毒力(virulence)は、相関する。莢膜を有しないR型菌は、毒力が弱い。
肺炎球菌は、菌体抗原として、C物質(C多糖体:種特異性を示す)、M抗原(型特異性の蛋白)、R抗原(非莢膜株が有する細胞質膜上の蛋白)を有している。C物質は、血清中の非抗体性の特殊蛋白であるCRPと反応する。
肺炎球菌肺炎(肺炎球菌性肺炎)は、2〜3日の風邪症状の後、急激に、発熱(稽留熱)、悪寒(90〜95%)、咳嗽、痰などの症状で発症する。
咳は、最初は乾性だが、次第に、少量の粘液膿性の痰が現れるようになる。痰は、粘液膿性から、後に、赤錆色(煉瓦色の錆色痰)となることがある。肺炎球菌肺炎では、胸痛を訴えることがある。脈拍は、発熱に比して、頻脈になる(120/分程度)。
痰を細菌培養しても、肺炎球菌の検出率が低い(血液培養が重要)。
分泌液中の肺炎球菌は、グラム陰性を示すことがある。
抗生剤の治療を受けていると、肺炎球菌が、グラム陰性を示すことがある。
肺炎球菌感染症(肺炎球菌肺炎)を診断する為に、尿中の肺炎球菌莢膜多糖を、免疫クロマトグラフィー法により検出する肺炎球菌尿中抗原検査キット(Binax Now 肺炎球菌)が発売されている。
肺炎球菌性肺炎は、冬季に多く、胸部単純X線写真では均一な浸潤陰影を呈する(気管支透瞭像が見られることはあるが、肺膿瘍や空洞の合併は稀)。
肺炎球菌など大葉性肺炎(ダイヨウセイハイエン)を来たす細菌は、気管支に沿って病変が浸潤せず、非区域性分布をするので、画像診断では比較的均一な陰影を呈する。非区域性肺炎(非区域性分布を呈する肺炎)では、浸出液の粘度が極めて低い為、Kohn孔(肺胞に存在し、肺胞と肺胞の間を、好中球や浸出液が通過する)も、Lambert管(細気管支に存在し、肺胞と交通する)も通過してしまう。区域性肺炎では、浸出液の粘度が高い為、Kohn孔や、Lambert管を通過して、病変が広がり難い。
肺炎球菌は、クレブジエラ菌、レジオネラ菌などは、非区域性分布をし、胸膜直下に平行した陰影が現れる。肺炎球菌性肺炎では、胸膜側にも病変が起こるので、ラ音が聴取されることが多い。肺炎球菌性肺炎は、胸膜炎を合併し、胸痛が現れることが多い。
肺の容積(胸部単純X線写真)は、クレブジエラ肺炎や肺炎球菌性肺炎による大葉性肺炎では増加するが、マイコプラズマ肺炎など気管支肺炎では減少する(単純X線写真で、横隔膜が上昇している)。肺炎球菌性肺炎では、胸膜側(肺の末梢の呼吸細気管支)にも病変が起こるので、ラ音が聴取されることが多い。マイコプラズマは、繊毛を有する宿主の上皮細胞にのみ感染するので、マイコプラズマ肺炎では、呼吸細気管支より太い気管支にのみ病変が起こるので、マイコプラズマ肺炎では、病初期には、ラ音は聴取されることが少ない。クラミジア(クラミジア・ニューモニエ)は、繊毛に付着するのみならず、マクロファージ内でも増殖するので、クラミジア肺炎は、気管支と肺胞(間質)にも病変が起こる。
大葉性肺炎の起炎菌は、肺炎球菌が多い。肺炎球菌や黄色ブドウ球菌は、基礎疾患がない人にも肺炎を起こす、クレブジエラ菌、インフルエンザ桿菌、緑膿菌は基礎疾患(糖尿病、肝硬変、アルコール中毒など)がある人に肺炎を起こすことが多い。レジオネラ菌による大葉性肺炎は、温泉旅行の後などに発症し、β-ラクタム系抗生剤が無効で、下痢、頭痛、低Na血症、高CPK血症が見られる。
肺炎球菌による肺炎では、胸水の貯留が約10%の症例で見られる。胸水の貯留は、敗血症から肺炎を合併した場合、約50%の症例で見られる。
肺炎が、肺炎球菌が原因であるかの診断は、培養による肺炎球菌の分離が大切(喀痰より、血液培養、胸水の培養が診断に確実性がある)。(喀痰の)グラム染色で肺炎球菌が陽性を示すのは15%程度に過ぎない。
2).インフルエンザ菌
インフルエンザ菌は、グラム染色では、赤く染まるグラム陰性菌で、短い桿菌として認められる。
インフルエンザ菌は、莢膜を持っていて白血球に貪食されにくい株が多く、Hib(Haemophilus influenzae type b)と呼ばれている。Hibは、組織侵襲性が強いので、病原性も高く、小児の髄膜炎、敗血症、重症肺炎の原因となる。莢膜を持たない株、Hin(nontypable
Haemophilus influenzae:NTHi)は、組織侵襲性はないが、気道粘膜への親和性が高い為、小児や高齢者の、気道炎や肺炎の原因菌となる。
インフルエンザ菌は、チョコレート寒天培地を用いて、炭酸ガス培養で検出する。
インフルエンザ菌は、グラム陰性菌であり、標本をグラム染色すると、赤色の短い桿菌として、同定される。インフルエンザ菌は、白血球に貪食されにくい有莢膜株(Hib)は、菌の周囲に空白の部分が見られる(ハロー現象)。
グラム染色で、グラム陰性染色にサフラニンを用いると、インフルエンザ菌やカンピロバクターは、染色され難いので、フクシンを用いた方が良い。
グラム染色に際しては、標本の固定は、火炎固定で良い。
肺炎球菌のようなグラム陽性球菌は、ペニシリン系やセフェム系の抗生剤(抗菌薬)の投与を中止した後も、細菌の増殖が抑制される(PAE:post antibiotic effect)。しかし、インフルエンザ菌のようなグラム陰性桿菌は、PAEを殆ど示さない。
インフルエンザ菌は、中耳〜耳管粘膜の幼若繊毛細胞や杯細胞表面に付着し易い。
インフルエンザ菌の宿主細胞への付着に関与する受容体(レセプター)は、フコース、ガラクトース、マンノース、シアル酸、N-アセチルグルコサミンなどの単一糖類ではない。
リゾチームは、インフルエンザ菌(菌膜)に作用し、インフルエンザ菌の宿主細胞への付着(定着)を抑制する(リゾチームは、粘膜上皮に作用するのではない)。
3).黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌は、グラム染色では、青く染まるグラム陽性菌。
黄色ブドウ球菌には、毒素産生株があり、好中球が破壊された像を認める場合には、白血球毒素産生株と推定する。
黄色ブドウ球菌は、MRSA(methicillin-resisitant Staphylococcus aureus)など、薬剤耐性菌が多い。
黄色ブドウ球菌は、区域性肺炎(区域性分布)を呈する。黄色ブドウ球菌による肺炎は、胸部単純X線写真は、気管支肺炎で、指先大の斑状陰影が現れ、膿瘍形成を伴うことが多い。CT写真では、楔状に区域性分布の浸潤陰影を呈する。黄色ブドウ球菌性肺炎は、膿胸を合併し、胸痛を来たすことがある。黄色ブドウ球菌性肺炎は、インフルエンザウイルス感染症に合併することが多い。黄色ブドウ球菌性肺炎は、血行性に播種することもある。
4).モラクセラ・カタラーリス
モラクセラ・カタラーリスは、グラム染色では、赤く染まるグラム陰性菌で、大半の菌は、双球菌として認められるが、口腔内常在菌のナイセリア属の菌との鑑別を要する。
モラクセラ・カタラーリスは、以前は、ブランハメラ・カタラーリスと呼ばれていた。
5).緑膿菌
緑膿菌は、グラム染色では、赤く染まるグラム陰性菌。
緑膿菌は、ムチン産生や、バイオフィルム産生によって、好中球による貪食を免れる(注5)。
緑膿菌感染症により、発熱が見られたり、膿性痰が増加する場合には、抗生剤による除菌が必要。しかし、緑膿菌が、一定の菌量存在しても、好中球反応を伴わなければ、積極的に除菌する必要はない。
緑膿菌は、細胞壁に抗生剤(抗菌剤)に対して強固な外膜を有していて、多くの抗生剤に、自然耐性を有していて、気道感染症を難治化させる。
緑膿菌は、プロテアーゼ(protease)や、エラスターゼ(elastase)を産生し、菌周囲の組織を破壊し障害し、菌自身の組織への定着や増殖を、助長する。緑膿菌から産生されるプロテアーゼやエラスターゼは、宿主(ヒト)の気道粘膜のプロテアーゼ・インヒビター(酸安定性で気道粘膜を保護している)を破壊する。
緑膿菌は、通常は、莢膜を形成せず、菌体内に豊富な多糖体を産生しない。
緑膿菌感染症の難治例では、ムコイド型緑膿菌が高頻度に検出される。
ムコイド型緑膿菌は、莢膜を有し、血液寒天培地などで、透明で粘稠性がある、大小の水滴状集落として認められる。
ムコイド型緑膿菌は、白血球により貪食・殺菌されにくいが、抗生剤には感受性が高い:ムコイド型緑膿菌は、非ムコイド型緑膿菌に比して、薬剤感受性はわずかに高い。ムコイド型緑膿菌は、動物実験では、毒性が低い。ムコイド型緑膿菌は、正常人の多核白血球による貪食能や殺菌能に、抵抗性を示すと言う。
ムコイド型緑膿菌は、cystic fibrosis(CF)で、高頻度(58〜85%)に、検出される。
緑膿菌は、唾液中に含まれるムチンやシアル酸によって、宿主細胞への付着(接着)が抑制される。
6).肺炎桿菌
肺炎桿菌は、グラム染色では、赤く染まるグラム陰性菌で、莢膜を保有している。
肺炎桿菌は、腸内細菌なので、院内感染の原因菌となる。
β-ラクタム系の抗菌薬のように、細胞壁を破壊する薬剤は、治療開始直後に、エンドトキシンショックを起こす危険性がある。
グラム染色で、陽性に染まるか、陰性に染まるかは、細菌の細胞壁の構造の相違による。
グラム陽性菌の細胞壁は、厚い(10〜100nm)ペプチドグリカン層で構成されているが、外膜は有していない。
グラム陰性菌の細胞壁は、薄い何層かのペプチドグリカン層と、脂質二重膜(からなる外膜で構成されている(ペプチドグリカンの含有量が少なく、脂質の含有量が多い)。
アルコール(エタノール)などで処理(脱色)すると、グラム陽性菌は、脱色されないで色素が残る。しかし、グラム陰性菌は、外膜が容易に崩壊し、グラム染色液(クリスタルバイオレット、ビクトリアブルーなど)で染まった細胞質が、漏出する。
4.その他
・感冒でも、薄い鼻水(水様性鼻汁)、くしゃみ、水っぽい痰が出る場合には、「小青竜湯(小青龍湯)」を処方する。
感冒でも、わき腹が張り(胸脇苦満=きょうきょうくまん)、熱感と寒気が交互に感じる場合には、「小柴胡湯」を処方する。
注1:細胞残渣には、好中球などの白血球が含まれている。細菌が、下気道で増殖すると、好中球や、単球・マクロファージなど、細菌を貪食する白血球が、浸潤して来る。細菌が産生する毒素(黄色ブドウ球菌が産生するアルギニン特異的セリンプロテアーゼなど)は、ウイルスを活性化させる。また、気道から分泌されるプロテアーゼも、ウイルスを活性化させると言う。
注2:広辞苑によれば、「スラリー」とは、「微粉状の石炭または金属鉱石が水に混濁してどろどろの状態になったもの。バルブ」。
注3:莢膜は、細菌の表面を覆っている膜で、大部分の細菌の莢膜は、多糖体(ポリサッカライド)から構成されている。莢膜は、細菌が、宿主の貪食細胞(好中球や、単球・マクロファージなど)の貪食から逃れる効果がある。莢膜は、肺炎球菌、インフルエンザ菌、肺炎桿菌などの細菌も、有している。
注4:肺炎球菌は、健康な大人であっても、5〜70%の人から、鼻咽腔から、肺炎球菌が、分離されると言う。
肺炎球菌は、小児では、1歳までに、30〜40%の乳幼児の鼻咽腔に定着する。従って、鼻咽腔の細菌培養で、肺炎球菌が検出されても、常在していただけで、病原性が少ない肺炎球菌の可能性がある。定着した肺炎球菌の血清型は、60%以上が、6型、14型、19型、及び、23型だという。6型は、ペニシリン耐性のPRSPが多い。なお、重篤な大葉性肺炎は、3型の肺炎球菌が原因の場合が多い(3型の肺炎球菌は、莢膜が厚い)。肺炎球菌による肺炎の潜伏期は、1〜3日と短い。肺炎球菌による肺炎は、老人などでは、致死率が高い。肺炎球菌による肺炎では、25〜30%の患者は、敗血症(菌血症)を伴っている。肺炎球菌による肺血症は、髄膜炎を併発することがある。
定着した肺炎球菌は、鼻咽腔に常在菌として潜伏し、インフルエンザウイルスなどウイルス感染などで、気道粘膜が障害されたり、体力が弱まった時などに、増殖する。2歳を過ぎて、体内で、肺炎球菌に対する抗体(IgG抗体)が作られるようになると、鼻咽腔に定着していた肺炎球菌は、消失する。キシリトールには、肺炎球菌の増殖阻害作用があり、キシリトールを摂取することには、急性中耳炎の予防効果が有ると言う。
肺炎球菌感染症の発生は、18歳未満の小児に、9月頃から増加し、18歳以上の大人に感染させるので、冬に入って、年末に、老齢者の肺炎が増加すると言う。
インフルエンザ桿菌(インフルエンザ菌)は、20%の健康小児の気道から検出され、5歳までには、50%以上の小児に定着する。
モラクセラ・カタラーリスは、いずれの年齢の小児でも、50%以上の小児に定着している。
なお、中耳貯留液の細菌培養で検出された細菌は、鼻咽腔からも検出されることが多い。しかし、中耳炎の起炎菌は、耳管を介して経耳管感染するが、鼻咽腔と中耳貯留液から、同じ細菌が検出される率(鼻咽腔から検出された細菌と同じ細菌が、中耳炎の起炎菌として、中耳貯留液から検出される率)は、インフルエンザ菌では高いが、総体的には、低いと言う。また、上気道と中耳貯留液から、同じウイルスが検出される率は、RSウイルス(Respiratory syncytial virus)で74%、パラインフルエンザウイルス(parainfluenza
virus)で42%、インフルエンザウイルス(influenza virus)で42%だったと言う。そして、インフルエンザウイルスが検出された中耳貯留液は、全例、肺炎球菌も検出されたと言う。
パラインフルエンザウイルス感染症の咽喉の所見は、咽頭壁のリンパ濾胞の増殖、腫脹、発赤が、特徴的。
パラインフルエンザウイルス感染症では、一般に、発熱を伴う。
咳は、咽喉に痰がからんでいて、ゴホッ、ゴホッと、力んで痰を出そうとするような感じの咳であるのも、特徴的。咽頭痛、嘔吐、下痢が見られることもある。
鼻水は、ライノウイルス等に比して軽度のことが多い。鼻汁は、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、ヒトメタニューモウイルス(hMPV)では、水様性(漿液性)のことが多い。鼻汁は、RSウイルス、マイコプラズマ(少量)では、粘稠性のことが多い。
パラインフルエンザウイルスは、4〜7月は3型が、9〜12月は1型、2型が流行する。
熱型は、弛張熱(39℃以下)で、4〜5日間出る(1週間以上出ることもある)。
潜伏期間は、4〜5日間。
急性咽頭炎の原因となるウイルスには、アデノウイルス、ライノウイルス、コロナウイルス、コクサッキーウイルス、パラインフルエンザウイルス、インフルエンザウイルス、hMPV、RSウイルス、単純ヘルペスウイルス(歯肉口内炎、アフタも伴なう)、HHV-6やHHV-7(突発性発疹)、EBウイルス、サイトメガロウイルスなどがある。滲出性扁桃腺炎(化膿性扁桃腺炎)で、点状の膿栓が見られる時には、パラインフルエンザウイルス(Para)や、エンテロウイルスや、A型インフルエンザウイルス(FluA)や、C型インフルエンザ(FluC)が原因のことが多く、線状ないし微慢性(べったり)の膿栓が見られる時には、アデノウイルスが原因のことが多い。
ムンプスウイルス(流行性耳下腺炎の原因)、RSウイルス(細気管支炎の原因)、パラインフルエンザウイルス(気管支炎の原因)は、パラミクソウイルス(パラミキソウイルス)科のウイルス。HI法で、おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)のHI抗体を測定すると、パラインフルエンザウイルスのHI抗体をも測定するおそれがある。
上気道と中耳貯留液から、同じウイルスが検出される率は、RSウイルス(Respiratory syncytial virus)で74%、パラインフルエンザウイルス(parainfluenza
virus)で42%、インフルエンザウイルス(influenza virus)で42%だったと言う。
インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、RSウイルスなどは、仮性クループ(急性喉頭気管炎)を起こすことがある。クループは、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、RSウイルス、麻疹ウイルスなどのウイルスが、原因となることが多い。
VAHS(ウイルス関連血球貪食症候群)は、高サイトカイン血症が原因で、発熱、浮腫、低血圧、痙攣等の臨床症状や、血球減少、血清中のAST値やALT値の上昇や、低蛋白血症、低アルブミン血症等の検査所見を呈する。血球貪食症候群(HPS:hemophagocytic syndrome)は、ヘルペス属ウイルスであるCMV(サイトメガロウイルス)、EBV(Epstein-Barr virus:EBウイルス)、HSV(単純ヘルペスウイルス)、VZV(水痘帯状疱疹ウイルス)が原因のことが多いが、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、麻疹ウイルス、パルボウイルス、コクサッキーウイルス等が原因のこともある。
百日咳様の咳発作は、他の病原体による感染症(パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、マイコプラズマ、クラミジア感染症など)でも、見られる。
Neu5Acα2-3Galとは、N−アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)が、ガラクトース(Gal)とα2-3結合した構造。ヒトパラインフルエンザウイルス1型( hPIV-1)と、3型(hPIV-3)は、Neu5Acα2-3Galを有する糖鎖と結合すると言う。
パラインフルエンザウイルスには、インフルエンザの治療薬のオセルタミビル(医薬品名:タミフル)は効かない。
注5:バイオフィルム内の細菌は、酸素や栄養素が限られるので、代謝が休止している為、抗菌薬に抵抗性を示す(抗生剤が効き難い)。
バイオフィルム内の細菌は、宿主の免疫防御機構(オプソニン作用、補体による溶菌作用など)に抵抗性を示す。
参考文献
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・保富宗城:急性中耳炎、今日の小児治療指針 第14版、653-654頁、医学書院(2006年5月).
・木村三生夫、平山宗宏、堺春美:予防接種の手びき 第11版、近代出版(2006年8月15日).
・福見秀雄、縣俊彦、他:肺炎球菌ワクチンの臨床応用に関する研究−わが国における血清型分布−、感染症学雑誌、58
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・大山勝:耳鼻咽喉科、カルバペネム系抗菌薬〜登場から10年、その現状と展望〜、化学療法の領域、増刊号、Vol.13、S-2(通巻151号)、25-31頁、1997年(医薬ジャーナル社).
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