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 腸管出血性大腸菌

 ベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)は、出血性大腸炎を起こすので、腸管出血性大腸菌(EHEC)とも呼ばれる。
 頻回の水様便、激しい腹痛、血便がある時には、O157のような、腸管出血性大腸菌による出血性大腸炎を疑う。

 腸管出血性大腸菌(EHEC)による急性胃腸炎では、粘液成分が少ない、頻回の水様性の下痢の後、出血性大腸炎になると、血便や、非常に激しい腹痛が、出現する。
 腸管出血性大腸菌(EHEC)による出血性大腸炎では、約10%の症例が、溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症などの重症合併症を発症するおそれがある。
 血便と激しい腹痛を認める症例の方が、重症合併症が起こることが多いが、血便などが著明でなくても、重症合併症が起こることがある。

 1.腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic E.coli:EHEC)感染症の症状
 腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic E.coliEHEC注1)に感染して、3〜8日の潜伏期間後に出血性大腸炎が見られ注2)、さらに、その3〜7日後に、溶血性尿毒症症候群(HUS)が発症する。

 EHEC感染では、約半数が出血性大腸炎を起こす。出血性大腸炎を起こした人の10〜30%が、HUSを合併し、急性腎不全を起こす。HUSを起こした人の20〜30%は、脳症を併発する。脳症を起こした人の約10〜20%は、死亡する。
 腸管出血性大腸菌感染症は、発症早期の時期に、白血球数やCRP値が高い症例は、溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症するリスクが高い。

 脳症は、HUSとほぼ同時期に発症することが多い。
 脳症の予兆としては、頭痛、傾眠、不穏、多弁、幻覚などの症状が見られる。これらの症状が見られた場合には、数時間から12時間位の後に、痙攣、昏睡などの重症脳神経系合併症に移行する可能性がある。

 吐き気や嘔吐は見られるが、程度は、軽い。
 下痢は、粘液成分が少ないのが特徴。下痢の回数が時間とともに増加し、1〜2日後に、下痢便に新鮮血液が混じるようになる。典型的な症例では、やがて下痢便に便成分がほとんど認められなくなり、血便になり、腹痛が激しくなる
 血便は、ほとんど水のようで、「赤ワインのよう」とも表現される。
 発熱が見られるが、持続することは、少ない。

 HUSを合併しないか、乏尿浮腫に注意する。HUSでは、これらの症状に引き続き、赤血球数減少、ヘモグロビン値低下、ヘマトクリット値低下、破砕状赤血球の出現、血清BUN値・Cre値(クレアチニン値)・GOT値・GPT値の上昇が見られる。
 HUSの経過中に、溶血を示す、赤血球数減少、ヘモグロビン値低下、ヘマトクリット値低下、破砕状赤血球の出現や、腎機能障害を示す、血清BUN値、クレアチニン値の上昇や、肝機能障害を示す、ASTGOT)、ALT(GPT)の上昇が見られることもある。 

 発症後(下痢が治まった後)2週間以上経過して、EHECが、便の細菌培養で陰性であれば、それ以降に、HUSや脳症を発症するおそれは、概ね、ない。

 2.ベロ毒素
 EHECが産生するベロ毒素(Vero Toxin)は、VT1、VT2の2種類が存在する。
 赤痢菌は、志賀毒素(Shiga toxin:Stx、又は、ST)を作る。
 VT1は、志賀毒素(Stx)と全く同一の分子構造をしており、VT2は、Stxと約55%相同している。
 ベロ毒素には、以下のような生物活性がある。
 1.下痢や血便を起こす:腸管粘膜上皮細胞や、腸管血管内皮細胞を傷害する。
 2.溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症させる:腎臓の糸球体血管内皮細胞が傷害され、微小血栓形成が起き、血栓性微小血管症のため、溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全が、起こる。なお、腎臓の小動脈、細動脈の血管内皮細胞や、尿細管上皮細胞も傷害される。)
 3.ベロ細胞(注3)を殺す。
 4.神経毒性で動物を殺す。

 ベロ毒素は、Bサブユニットで、細胞膜の糖脂質(グロボトリオシルセラミド、globotrioyl ceramide:Gb3)に結合し、細胞内に取り込まれて分解され、Aサブユニットが、リボゾームRNA(60Sリボゾーム)と結合して、蛋白合成を阻害し、細胞骨格の機能不全を起こさせ、細胞を死滅させる(アポトーシス)と考えられている。
 Gb3は、志賀毒素レセプターとなる。
 Gb3の量は、組織によって異なり、Gb3の多い組織が、ベロ毒素で障害を受けやすい。
 Gb3は、グロボトリオシルセラミド(globotriosylceramide)と呼ばれる糖脂質。Gb3は、別名、グロボトリオシルセラミド(globotriaosylceramaide)、セラミドトリヘキソシド(ceramide trihexoside:CTH)、トリヘキソシルセラミド(trihexosylceramide)とも呼ばれる。
 Gb3は、Fabry病で、心筋、大動脈壁、腎臓、脾臓などに蓄積する。

 志賀毒素レセプター(ベロ毒素レセプター)であるGb3は、大脳、小脳、脊髄、大腸の細胞にも存在する。
 ベロ毒素(VT)と結合するGb3を、培養された糸球体血管内皮細胞は、他の器官の血管内皮細胞より、多く有している。しかし、ベロ毒素(Stx1)との結合は、小児では、糸球体でも尿細管でも認められたが、成人では、遠位尿細管上皮細胞と集合管で認められたが、糸球体では認められなかったと言う。
 
 HUSの発症には、ベロ毒素(VT)でも、特に、VT2(Stx2)の産生が関与している。
 VT2(Stx2)は、VT1(Stx1)に比べて、培養された糸球体血管内皮細胞では、Gb3への結合能は、10分の1以下だが、1,000倍強く細胞を障害する。
 なお、O157:H7のようなベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)は、VT1のみを産生する株、VT2のみを産生する株、及び、両毒素を産生する株の、3種類が存在する。

 ベロ毒素は、腎臓(尿細管細胞)においてTNF-αを産生させ、TNF-αは、糸球体血管内皮細胞にGb3を発現させ、ベロ毒素に対する感受性を高める。

 ベロ毒素は、大腸の腸管上皮を破壊する下痢が起こる)ので、エンドトキシン(LPS)も血液中へ流入する。また、ベロ毒素は、腸管血管内皮細胞を障害し、腸管粘膜のびらんと腸管出血を起こす。
 腸管から血液中に流入したベロ毒素により、血管内皮細胞が障害を受けると、血管内皮の透過性が亢進し、血漿が血管外に漏出し、血液が濃縮し、微小循環が停滞し、微小循環障害が起こる。微小循環の停滞は、組織の虚血を起こし、臓器の機能不全を起こす。
 障害された血管内皮細胞からは、TNF-αが産生される。TNF-αにより、血管内皮細胞での組織因子の発現が促され、高分子von Willebrand factor (vWF)が、血中に遊離され、抗凝固因子の発現が低下し、線溶系因子の活性が低下し、微小血栓形成が起き、フィブリン血栓により血管内腔が閉塞したり狭小化する、と考えられる。
 腸管出血性大腸菌(EHEC)は、病原性大腸菌と同様なeae遺伝子を有していて、大腸に限って、付着・退縮を起こす。

 血栓性微小血管症のため、溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全などの症状を来たすHUSを発症させる。
 腎臓では、糸球体血管内皮細胞が膨化し、血管内腔が狭小化し、血管内皮細胞下腔が拡大し、メサンギウム細胞が膨化し、血管内皮下組織に浮腫性の病変が起こる。血管内は、血栓で閉塞し、血管内皮細胞下腔に、フィブリンや脂質が沈着する。尿細管上皮細胞は、壊死を起こす。
 血管内皮細胞からのPGI2産生不全が起こる。

 腸管出血性大腸菌感染症は、HUSを発症すると、約20〜30%の症例が、意識障害、痙攣、眼症状、麻痺、脳症など、中枢神経症状を呈する。
 腸管出血性大腸菌感染症に続発する脳症は、ベロ毒素による脳血流障害と、ベロ毒素による神経組織の直接障害とが、発症機序として考えられている。
 ベロ毒素が、脳の血管内皮細胞のGb3(ベロ毒素レセプター)に結合し、血管内皮細胞の蛋白合成を阻害し、その結果、血管内皮細胞障害が起こり、血管内皮の透過性が亢進し、血漿が血管外に漏出(Vascular leak)し、血液が濃縮し、微小循環が停滞し、微小循環障害(Vascular accidento)が起こると言われる。
 脳の血管内皮細胞障害により、可塑性の病変(血管原性脳浮腫)や、非可塑性の病変(脳梗塞、脳出血など)が起こると言われる。

 3.O157
 ベロ毒素を産生する、ベロ毒素産生性大腸菌としては、O157:H7(注4)が、良く知られている。
 ベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)は、出血性大腸炎を起こす典型的な腸管出血性大腸菌(EHEC)であり、HUSを発症させるおそれがある。

 Oは、「オー」と読む。
 O157は、ベロ毒素産生株が、多い。

 O抗原(オーコウゲン)は、大腸菌の表面(細胞壁)の糖脂質の抗原性のことで、約180種類の違いが知られている(注5)。
 H抗原は、大腸菌の菌体表面に存在する鞭毛の抗原のことで、約70種類が知られている(注5)。

 O157は、ベロ毒素以外にも、細胞障害的に働くインティミンという蛋白を産生する。インティミンは、腸管上皮細胞のアクチン様物質を細胞内に蓄積させ、病巣を形成させるという。

 本邦で確認された、ベロ毒素を産生する大腸菌のO血清型は、O1、O2、O18、O26、O103、O111、O114、O115、O118、O119、O121、O128、O143、O145、O157、O165、がある。
 O26としては、O26:H11、O26:H-がある。
 
 O157は、典型的な、腸管出血性大腸菌である。
 O157感染症では、無症状で経過する症例や、軽い腹痛や下痢のみで終わる症例もあるが、頻回の水様便、激しい腹痛、著しい血便と共に、HUSなどの重篤な合併症を起こし、死に至る症例もある。
 O157に感染すると、約半数の症例は、約3〜8日の潜伏期間の後、頻回の水様便で、発病する。そして、出血性大腸炎になると、激しい腹痛と著しい血便を呈する。
 発熱は、見られるとしも、多くの場合、一過性とされる。

 O157感染症は、広く、5カ月から85才までの年齢の人に、発症するが、特に、小児は、発症例が多い。
 O157感染症は、特に、0〜4歳未満の小児では、症状が現れ易い。

 O157感染症は、他の食中毒と同様に、6月〜10月の気温が高い時期に、多いが、冬場にも、見られる。

 HUSを併発するのは、下痢などの初発症状が発現してから、数日〜2週間以内とされる:溶血性尿毒症症候群(HUS)を併発するのは、下痢などの初発症状が発現してから、5〜7日後のことが多いHUSを併発するのは、O157に感染してから、10日〜2週間後のことが多い)。
 激しい腹痛や血便が現れた症例は、その数日後に、HUSや脳症など、重篤な合併症を併発することがあるので、注意が必要。
 HUSや脳症など、重篤な合併症を併発するのは、O157に感染して、症状が現れた症例の、約6〜7%とされる。HUSや脳症など、重篤な合併症を併発するのは、発病して2週間以内が多い。
 
 血液の検査所見では、HUSを合併する場合、血小板が、減少する。
 出血性大腸炎になると、腹部超音波検査で、結腸壁の著しい肥厚が見られる。

 表1 主な腸管感染症の特徴
 特徴  EHEC(0157)  サルモネラ  カンピロバクター  黄色ブドウ球菌  腸炎ビブリオ  ノロウイルス  ロタウイルス
 潜伏期  3〜12日  12(5〜72)時間  3(1〜11)日  30分〜8時間  2〜36時間  24〜48時間  24〜72時間
 腹痛  ++  ++  +(長期間続く  ++(上腹部)  ++  ++  +
 発熱  ±(38度代、平均3日間)  ++(平均4日間)  +(62.9%、3〜7日間)  ±  ++  ±(38度以下)  ++
 嘔吐  ±  +  ±(26.9%)  +++  ++  ++  ++
 下痢  水様便  黒緑色水様便  水様〜泥状便  水様便  水様便  水様便  水様白色便
 下痢の臭い      悪臭あり(腐敗卵臭)      生臭い臭   酸味の発酵臭
 血便  +(赤ワイン様鮮血便)  +(粘血便)  +(水様粘血便、白血球混入)  +(粘血便)  +(粘血便)   −  ±(点状や線状の血液)
 好発年齢  小児(5歳以下)  小児(5歳以下)  乳幼児・小児  乳幼児・老人   成人  小児  乳幼児 
 好発季節  夏季に多い    5〜6月と9〜10月  5月から10月  夏季に多い  秋から春  冬季〜春先
 原因食品  牛肉

 鶏卵、肉類、ミルク、ペット(ミドリガメ、犬、猫、鳥類など)  鶏肉等(鳥、牛、豚などの腸管内に常在)
 折詰弁当、
 おにぎり、
 牛乳、ハム
 海産魚貝類の生食
 生牡蠣

 
 食中毒ではない(患者の糞便や気道分泌物)
 病原因子  ベロ毒素  エンテロトキシン  細胞侵入性  エンテロトキシン  耐熱性溶血毒    
 人→人感染  +  +  +  −   −   +  +
 菌血症  +  +  +(病初期3日間)  −  +     +
 CRP  正常例が多い  上昇  上昇(血沈亢進)    軽度上昇  上昇   陰性
 白血球数  増加  増加  増加(好中球)    増加  増加(好中球)  
 抗生剤  FOM、NFLX、KM(3日間)  FOM、NFLX、ABPC(3〜7日間)  FOM、EM、CAM、RKM、(NFLXは無効:3〜5日間)a)  FOM、NFLX  FOM、NFLX(3日間:自然に除菌)b)  (不要)  (不要)
 その他  少量の菌(100個程度)でも感染、人から人へも感染する


 便培養は、便を採取(菌量少ない)、下痢は長期間続く、症状軽快後も再排菌が続く(保菌者になり易い)、細胞内寄生菌  便培養は、肛門内Swabでも可能、便は10℃以下に保存(凍結させない)、再発や排菌あり、ギラン・バレー症候群等の合併あり  毒素型食中毒、エンテロトキシンは、100℃、30分加熱でも不活化しない、回復は早い(8〜20時間で治癒)  心窩部疝痛発作、耐熱性溶血毒(TDH)には心臓毒性有り、コレラ菌もビブリオ属

 人から人へも感染する、旧SRSV、臨床症状が消退後2〜7日間は便中へウイルス排泄あり
 黄色〜白色の下痢便は、酸味の強い発酵性の臭いがする、痙攣(7%)、麻痺性腸閉塞(39%)

 a):NFLX(バクシダール錠)は、カンピロバクター属に対する保険適応が、承認されているが、急速に耐性化する。なお、EM(エリスロマイシン錠)は、カンピロバクター属に対する保険適応は、承認されていないが、カンピロバクター属の除菌効果は、最も優れていると言う。EM(エリスロシンドライシロップ)の投与量は、20〜50mg/kg/日。
 b):NFLX(バクシダール錠)は、腸炎ビブリオに対する保険適応が、承認されているが、FOM(ホスミシン錠)は、承認されていない。
 なお、抗生剤の投与量は、NFLX(ノルフロキサシン)は、バクシダール錠100なら、3錠/日(300mg/日)を分3内服、小児用バクシダール錠50なら、
6mg/kg/日を分3内服(6〜12mg/kg/日を分3内服)。FOM(ホスホマイシン)は、ホスミシン錠500なら、6錠/日を分3内服(ホスミシンとして、2〜3g/日を分3〜4内服)、ホスミシンドライシロップ200なら、0..2/kg/日を分3〜4内服0..2〜0.6g/kg/日を分3〜4内服ホスミシンとして、40〜120mg/kg/日を分3〜4内服但し、小児では、ホスミシンとして3.g=ホスミシンドライシロップ200として15gを越えないこと)。

 4.赤痢菌
 志賀潔博士が発見した赤痢菌(Shigella dysenteriae)は、神経毒を作ることが知られており、志賀毒素(Shiga toxin:Stx、又は、ST)と呼ばれていた。

 赤痢菌は、大腸菌とゲノムの相同性が高く、遺伝学的には、赤痢菌は、大腸菌の一部と考えられている。
 赤痢菌と大腸菌の間は、ファージやプラスミドが自由にやりとりされるので、赤痢菌の病原性は、大腸菌にも保有される。

 5.抗生剤(抗菌剤)の使用
 O157感染症による下痢症に対しては、使用する抗生剤は、静菌的に作用するホスホマイシン(FOM)などが、推奨されている。これは、殺菌的に作用する抗生剤は、死んだ菌から、ベロ毒素が、放出(遊離)され、溶血性尿毒症症候群(HUS)等の合併症を、増加させる危険性が、考えられる為。
 抗生剤(抗菌剤)は、経口投与するのが原則:ホスホマイシン(FOM)は、点滴静注では、消化管内に移行しない。
 小児では、ホスホマイシン(FOM)を、成人は、1日2〜3gを、小児は、40〜120mg/kg/日を、3〜4回に分けて、内服する。
 ノルフロキサシン(NFLX:注6)、カナマイシン(KM)も、推奨されている。
 成人では、ニューキノロン、ホスホマイシンの内服が、推奨されている。

 表2 腸管感染症の選択抗生剤
 抗生剤  初期治療  EHEC  サルモネラ腸炎  カンピロバクター腸炎  腸炎ビブリオ  細菌性赤痢   コレラ
 ホスホマイシン  ○  ○  ○  ○    ○  
 ニューキノロン  ○  ○  ○     ○  ○  ○
 アンピシリン  △  ○               

 抗生剤を使用すると、通常3〜5日間程度で、菌は、消失する。抗生剤を使用しても、すぐに、下痢などの消化管症状が消失する訳ではない。また、抗生剤を使用後、HUS等の重症合併症が発症することがある。欧米での研究結果によると、抗生剤(抗生物質)の投与は、HUSの発症を予防しないが、HUSの発症を誘発することはない(下痢発症後7日以内に抗生物質の内服を開始しても、HUSの発症は有意に低下しない)稀ではあるが、出血性大腸炎の症状が強くなくても、重症合併症が起こる症例がある。
 抗生剤の使用期間は、3〜5日間とし、漫然として、長期投与しない。なお、国内で分離された菌には、ホスホマイシン(FOM)、カナマイシン(KM)、ナリジクス酸(NA)、テトラサイクリン(TC)、アミノベンジルペニシリン(ABPC)、ストレプトマイシン(SM)、等への耐性株が存在している。

 O157は、腸管の粘膜上皮に付着し、増殖する。
 生後まもない幼若ウサギ(3日齢)を用いた実験結果では、O157を経口接種すると、持続性の下痢が起こり、経口接種4日目には、小腸や大腸には、粘液が貯留する。小腸や大腸の腸絨毛は、O157が多数付着して、157から産生されるベロ毒素により、粘膜上皮細胞が障害され、腸絨毛が崩れ、腸絨毛の表面が凹凸になる。
 O157を経口接種し、下痢が始まった2日目から、FOMを100mg/kg/日投与する(50mg/kgを1日2回内服させる)と、FOM投与中と、投与終了後に、便培養で、O157は検出されなくなる。
 FOM投与を、下痢が始まった4日目や、下痢が始まった6日目から行っても、FOM投与中と、投与終了後に、便培養で、O157は検出されなくなるが、大腸粘膜の傷害の回復は、下痢が始まった2日目からFOM投与を行った場合の方が、良好。
 抗生剤(FOM)を、早期に投与した方が、腸管(小腸や大腸)の粘膜上皮に付着し増殖するO157の増殖や、ベロ毒素は、減少する。
 下痢が始まった6日目から、抗生剤を投与しても、O157を死滅させることは出来るが、既に、O157により傷害を受けた粘膜上皮細胞を修復出来ない。
 抗生剤を早期(1〜3日目)から投与した方が、HUSの発症率が、低くなる。

 乳酸菌製剤などの投与は、抗生剤の使用の有無にかかわらず、有効である。

 6.腸管出血性大腸菌感染症と法律
 ・O157を含む、ベロ毒素産生大腸菌(VTEC)による腸管出血性大腸菌感染症は、平成8年8月に、伝染病予防法における指定伝染病に指定されているので、医師は、保健所長、又は、市町村長への届出が必要だった。
 平成15年10月に改正された、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」では、ベロ毒素を産生する腸管出血性大腸菌感染症、即ち、EHEC(enterohemorrhagic E.coli)、STEC(Shigatoxin-producing E.coli)は、三類感染症に規定され、便培養で、ベロ毒素(産生)が確認された場合、届出義務がある(最寄の保健所長を経由して、都道府県知事に届け出なければならない)。
 ベロ毒素を産生する腸管出血性大腸菌感染症の届出は、患者を診断した場合のみならず、無症候病原体保有者(保菌者)を見出した場合も、必要。

 表3 ベロ毒素産生腸管出血性大腸菌感染症の検査方法参考文献の20頁から引用)
 検査方法  検査材料
 分離・同定による病原体の検出、かつ、分離菌における次の@、Aいずれかによるベロ毒素の確認
 @毒素産生の確認
 APCR法による毒素遺伝子の検出
 便
 ベロ毒素の検出(HUS発症例に限る)
 O抗原凝集抗体又は抗ベロ毒素抗体の検出(HUS発症例に限る)  血清

 ・腸管出血性大腸菌感染症は、学校保健法では、第三種の疾患で、「症状が改善し、医師により伝染のおそれがないと認められるまで」、登校や通園が、禁止される(無症状性病原体保有者は、登校停止不要)。
 学校保健法は、2009年(平成21年)4月1日から、学校保健安全法と改称された。

 ・腸管出血性大腸菌感染症は、感染症予防法では、三類感染症に指定されているので、医師は、診断後、直ちに、その者の氏名、年齢、性別、その他厚生省令で定める事項を、最寄の保健所長を経由して、都道府県知事に届け出なければならない。

 ・24時間以上の間隔を明けて、連続2回の便培養で、菌が検出されなければ、菌陰性と見なす。なお、抗生剤(抗菌剤)を投与した場合は、服薬中と服薬中止後48時間以上経過した時点の、連続2回の便培養によって、菌が検出されなければ、菌陰性と見なす。
 無症状の保菌者に関しては、1回の便培養で、菌が検出されなければ、菌陰性と見なす。

 7.感染予防
 1).手洗いの励行
 EHEC(O157)は、約100個と言う少ない菌量で、感染が成立するため、人から人への二次感染もある注7)。
 人から人への二次感染を防ぐには、手洗いが最も大切である。手洗いは、石けんで良く手を洗った後、良く流水で流す。
 特に、下痢をしている乳幼児や高齢者の世話をした後には、しっかりと、手洗いをする。

 EHECは、EHEC感染後、(抗生剤を投与しなかった場合、)平均17日間、便から排泄が続く(30%の症例は、約20日間後まで、EHECが排泄される)。
 EHECに感染して、腸管感染症を発症した子供(園児)が、EHEC感染症と診断されず(抗生剤により除菌されず)、症状が改善して、通園した場合、適切な感染防止対策が行われないと、他の子供(園児)に、EHECを感染させるおそれがある。
 EHECは、感染力が強い(少数の菌量で感染する)ので、トイレや、トイレのドアノブ、幼児の手足を介して、経口感染したと疑われる集団発生の事例がある。
 ドアノブなどを介するEHECの感染を防ぐ為には、手洗いの励行が、効果がある。


 2).消毒
 手の消毒は、逆性石けん(注8)、又は、消毒用アルコール(エタノール)を用いる。

 患者等の家のトイレと洗面所は、逆性石けん、又は、両性界面活性剤などを、規定の濃度に薄め、布に浸して絞って、拭き取る。

 患者等が使用した寝衣やリネンは、家庭用漂白剤(注9)に浸漬してから洗濯する。
 糞便で汚染されたリネンは、消毒用薬液(次亜塩素酸ナトリウム)に浸漬してから洗濯する。
 なお、患者が入浴する際には、出来るだけ浴槽に入らず、シャワーか、掛け湯を使用する。

 食中毒の予防の為に、まな板の消毒を行う場合、70℃の御湯に漬けて置く方(1分間漬けて置く)が、菌が完全に、死滅する。次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系漂白剤(1分間漬けて置く)、中性洗剤(20秒間洗浄)、水道水(20秒間洗浄)では、菌は、完全に無くならない:まな板に残った菌の数は、水道水による洗浄640個、中性洗剤による洗浄380、塩素系漂白剤150、70℃の御湯0。塩素系漂白剤は、まな板に汚れが残っていると、消毒効果(殺菌効果)が低下するので、塩素系漂白剤は、まな板を良く洗ってから、使用する。
 
 8.その他
 ・EHEC(腸管出血性大腸菌)は、有機酸や乾燥に耐性が強く、堆肥中で半年以上生存できる。

 ・日本の乳製品(チーズなど)、牛肉は、かなり高率にEHECに汚染されている。
 日本の乳牛の約70%は、EHECを保菌しており、PCR法で調べた報告では、全ての乳牛がEHECを保有している。
 肉牛も、かなり高率に保菌している。
 これは、輸入穀物飼料が、EHECに汚染されていたためと考えられている。
 汚染牛の牛糞を堆肥に使用すれば、野菜も汚染される。

 ・O157は、食中毒として、O157に汚染された飲食物を摂取すると感染する。また、O157は、O157感染患者の糞便で汚染されたものを口にすると、二次感染と起こす。
 O157は、約100個感染すれば、発症すると言われている。

 ・O157感染症による下痢症では、適切な抗生剤(抗菌剤)を早期に投与すると、(ベロ毒素の産生が少なくなり、)HUSの発症率が低くなる。
 ニューキノロン系の抗生剤(バクシダールなど)は、一過性に腸内でVT2(Stx2)の産生(殺菌されたO157からのVT2の放出)を高めるおそれがある(注10)。

 ・O157は、低温条件では死滅しないので、家庭の冷凍庫では、生き残ると考えられている。

 
 ・O157:H7は、滅菌した井戸水に、25℃や30℃で保存すると、2日間で死滅するが、10℃や4℃では、7日間以上生存する。 

 ・O157は、75℃で、1分以上加熱すれば、死滅する。

 ・井戸水は、感染予防の為に、煮沸してから、飲用する。

 ・学校用プールの水質基準では、遊離残留塩素が、0.4mg/l以上、1.0mg/l以下であることが望ましいとされている。この水質基準が遵守されているなら、プールを介して、感染することはない。

 ・消毒は、用便後や、食事前に、逆性石けん、又は、消毒用アルコールによる手洗いが、推奨されている。

 ・O157に汚染された、同じ食材(食事)を摂取しても、出血性大腸炎を発症する人と、そうでない人と、運命が別れる。
 日頃から、野菜を多く摂取して、肉類の摂取を控えて、乳酸菌を摂取したりすることは、O157などの腸管出血性大腸菌に感染しても、出血性大腸炎を発症することを、予防する効果があるかも知れない。

 ・宮入菌Clostridium butyricum)は、酸素が存在しない大腸で、増殖する。
 宮入菌は、酢酸、酪酸を産生する。
 Clostridium butyricumは、腐敗菌の増殖を抑制する。
 Clostridium butyricumは、健康成人の10%が保有している。Clostridium butyricumは、土壌中にも、存在する(芽胞を形成する)。
 宮入菌製剤(ミヤリサン)は、腸管出血性大腸菌(EHEC:O157など)の増殖を抑制し、ベロ毒素(志賀様毒素:SLT1型とSLT2型)の産生を抑制する。

 宮入菌(Clostridium butyricum)は、グラム陽性、有芽胞、偏性嫌気性の桿菌で、酪産、酢酸など短鎖脂肪酸を産生する。
 酪酸菌(宮入菌107個)製剤(ミヤBM細粒:ミヤリサン製薬株式会社)をラットに内服(経口投与)させると、内服30分後には小腸上部から小腸中部で発芽し、2時間後には小腸下部で分裂増殖を開始し、5時間後には胃から大腸まで広範囲に分布し、3日以内に糞便から排泄される。
 宮入菌107個を健康な成人男子に内服(服用)させると、内服1〜2日後以内に糞便中から排泄(検出)され、3〜5日後に糞便中から消失する(宮入菌は、腸内細菌として定着しない)。
 宮入菌が産生する酪酸は、腸管毒素原性大腸菌(腸管出血性大腸菌)による毒素の産生を抑制する。
 宮入菌を他の細菌(腸管病原菌)と混合培養した実験結果では、宮入菌は、腸管病原菌(コレラ菌、赤痢菌、腸炎ビブリオ菌、サルモネラ菌、腸管病原性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管出血性大腸菌など)の増殖を抑制する。
 宮入菌を、経管栄養法施行の高齢者に併用する(経口投与する)と、腸粘膜の萎縮が抑制される。
 宮入菌は、アミラーゼ、ビタミンB群(ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB12、ニコチン酸、葉酸)を産生する。

 宮入菌(Clostridium butyricum)は、酸素が存在しない大腸で、増殖する。宮入菌は、偏性嫌気性の桿菌で、グラム陽性、有芽胞。宮入菌は、酢酸、酪酸を産生する。なお、ビフィズス菌は、Bifidobacterium属に属する偏性嫌気性の多形性桿菌で、芽胞は形成せず、乳酸、酢酸を産生する。 
 Clostridium butyricumは、腐敗菌の増殖を抑制する。
 Clostridium butyricumは、健康成人の10%が保有している。Clostridium butyricumは、土壌中にも、存在する(芽胞を形成する)。
 宮入菌製剤(ミヤリサン)は、内服30分後に、小腸上部〜中部で発芽し、24時間後に、小腸下部で、分裂増殖する。宮入菌製剤(ミヤリサン)は、芽胞なので、製剤中の菌は、安定して、生存している。
 宮入菌製剤(ミヤリサン)は、腸管出血性大腸菌(EHEC:O157など)の増殖を抑制し、ベロ毒素(志賀様毒素:SLT1型とSLT2型)の産生を抑制する。
 宮入菌製剤(ミヤリサン)は、ピロリ菌を殺菌し、増殖を抑制する。ピロリ菌は、酢酸、酪酸、乳酸によって、抑制される(特に、酪酸の抑制効果が、強い)。

 ・大腸菌は、名前の印象と異なり、腸内では、少数しか存在しない(少数菌群)。
 腸内細菌は、成人(20〜60歳)では、Bacteroidesが1010.3/gと最も優勢に存在し、次いで、Eubacteriumと嫌気性グラム陰性桿菌が多く存在する。
 大腸菌などのEnterobaccteriaが108.2/g、腸球菌などの連鎖球菌が107.7/g存在するが、総菌数の1/100以下の菌数である。

 注1:腸管出血性大腸菌は、病原性大腸菌の1種で、ベロ毒素により、出血性大腸炎を起こすので、ベロ毒素産生性大腸菌(Verotoxin producing E. coli ; VTEC)とか、志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin producing E. coli:STEC )とも呼ばれている。
 大腸菌は、人間や家畜の腸内に常在する細菌で、無害な株が多い。
 しかし、病原性大腸菌は、ヒトの腸管に感染して、嘔吐や下痢を伴う、急性胃腸炎を引き起こす。
 病原性大腸菌は、以下のように、4種類に分類される。
  ・病原血清型大腸菌:Enteropathogenic E. coli(EPEC)
  ・組織侵入性大腸菌:Enteroinvasive E. coli(EIEC)
  ・毒素原性大腸菌:Enterotoxigenic E. coli(ETEC)
  ・ベロ毒素産生性大腸菌:Verotoxin producing E. coli(VTEC

 注2:潜伏期間は、食中毒菌によって異なり、サルモネラの潜伏期間は、8〜48時間、腸炎ビブリオの潜伏期間は、8〜24時間、黄色ブドウ球菌の潜伏期間は、30分〜6時間と言われる。
 O157の潜伏期間は、4〜8日と、食中毒としては、非常に長いため、原因食品や感染経路などの特定が、困難な場合がある。

 注3ベロ細胞は、アフリカミドリザルの腎臓由来の樹立細胞で、ウイルスの培養に適している。

 注4: O157は、正確には、Escherichia coli O157 : H7。
 なお、O157は、O-157と言う、ハイフンを入れた書き方は、正しくないと言う。

 注5: O抗原の種類が、173種類、H抗原の種類は、56種類とする人もいる。

 注6:ノルフロキサシン(Norfloxacin:NFLX)は、ニューキノロン系の抗生剤。
 小児用には、50mg錠(小児用バクシダール錠50mg)が、保険適用があるが、5歳未満の幼児には、錠剤が服用可能なことを確認して、慎重に投与する。乳児等には、投与しない。妊婦、又は、妊娠している可能性のある婦人には、投与しない。授乳中の婦人に投与することは、避けることが望ましいが、やむを得ず投与する場合には、授乳を避けさせる。
 小児用バクシダール錠50mg(杏林製薬株式会社)の添付文書には、「本剤は他の抗菌剤が無効と判断される症例に対してのみ投与する」と、記されている。投与量は、6〜12mg/kg/1日を、3回に分けて、経口投与する。また、投与期間はできるだけ短期間(原則として7日以内)にとどめる。なお、腸チフス、パラチフスの場合は、15〜18mg/kg/1日を、3回に分けて、14日間、経口投与する。
 ノルフロキサシン、(NFLX)は、細菌のDNAの高次構造を変換するDNA gyrase に作用し、DNA複製を阻害することにより、殺菌的に作用する。
 ノルフロキサシン(NFLX)は、ニューキノロン系の抗生剤なので、好中球などの貪食細胞内でも、活性を示す。しかし、肺炎球菌、A群溶連菌には抗菌力が弱い。ノルフロキサシン(NFLX)は、テオフィリン、ワーファリン、NSAIDsとの併用は、要注意。また、水酸化アルミニウムなどの金属カチオンを含有する制酸薬と同時に内服すると、ほとんど吸収されないという。

 注7:食中毒菌でも、腸炎ビブリオやサルモネラ菌は、通常10万〜100万個以上の菌を摂取しなければ、食中毒を発症しない。
 ビブリオ・ブルニフィカスは、汚染魚介類を食べたり、海水から、直接、皮膚を介して、感染する。肝硬変な肝疾患がある人が感染すると、皮膚壊死など全身症状を呈し、死亡率は、7割に達する。

 注8:逆性石けん(陽イオン界面活性剤)としては、塩化ベンザルコニウム(オスバンなど)が、用いられている。
 非生体向けの消毒薬であり、主に家具、床など環境消毒に用いる。
 実用濃度では、皮膚粘膜に対する刺激性が少なく臭気もほとんどない。そのため、粘膜などの生体消毒に使用される場合もある。
 希釈した逆性石けん液は、放置すると、微生物に汚染されやすい。
 O157感染症の手指消毒としては、まず、普通の石けん(石鹸)を用いて、十分に手洗いし、石けんを、十分に洗い流した後、0.31%(3000ppm)の塩化ベンザルコニウム液に、30秒以上浸す。粘膜・皮膚消毒としては、0.01〜0.025%の濃度で、用いる。室内消毒としては、0.05〜0..2%で、室内に噴霧する。リネン類は、0.1%(100ppm)で、10分間、漬す。

 塩化ベンザルコニウムは、多くのグラム陽性菌、グラム陰性菌には、有効。真菌でも、酵母には、有効だが、糸状菌には、十分な効果が得られない場合がある。そして、芽胞、結核菌には、無効。また、塩化ベンザルコニウムは、B型肝炎ウイルス(HBV)、AIDSウイルス(HIV)など、ウイルスには無効。 

 注9: 家庭用漂白剤のミルトンなどは、次亜塩素酸ナトリウムを成分とする。

 次亜塩素酸ナトリウムは、時間さえかければすべての微生物を殺滅出来る(プリオンを除く)。 一般細菌、酵母は、0.01〜0.1%(100ppm〜1000ppm)の次亜塩素酸ナトリウム液で、20秒〜10分間処理すれば、死滅する。結核菌は、.0.1〜2%(1000〜20000ppm)の次亜塩素酸ナトリウム液で、10〜30分間処理すれば、死滅する。枯草菌の芽胞は、0.01%(100ppm)の次亜塩素酸ナトリウム液で処理すれば、5分以内に、99.9%が、死滅する。

 次亜塩素酸ナトリウムは、手指(125〜1000ppmの濃度で、10秒)、粘膜・皮膚(250〜500ppm)、リネン(125ppm)、便器(125ppm)などの消毒に、有効である。例えば、リネンは、0.01〜0.02%(100ppm〜200ppm)の次亜塩素酸ナトリウム液へ、5分間浸漬すると良い。ただし、次亜塩素酸ナトリウムは、漂白作用があり、リネンでも、毛、絹、ナイロン、アセテート、ポリウレタン、及び、色・柄物などには、使用出来ない。

 温水を用いると、次亜塩素酸ナトリウムは、効果が短時間で現れる(82度、2分以上)。

 次亜塩素酸ナトリウムは、冷所保存(15℃以下)が必要。
 次亜塩素酸ナトリウムは、酸性の洗剤・洗浄剤と併用すると、大量の塩素ガスが発生するので、併用は、禁忌
 次亜塩素酸ナトリウムは、 蛋白質と接触すると、NaOCl→NaClとなるので、低残留性の消毒薬である。その為、次亜塩素酸ナトリウムは、床などにこぼれた血液の消毒にも、好ましい。しかし、有機物の影響を受けやすいので、洗浄後、消毒に使用した方が、有効。また、次亜塩素酸ナトリウムは、金属腐食性があったり(特に、0.5%=5000ppm以上の濃度)、プラスチックやゴム製品を劣化させる。

 注10抗生剤(抗菌剤)を投与した時に、菌体から放出(遊離)されるエンドトキシン(LPS)の量は、イミペネム<アミノ配糖体<キノロン系<ゲンタマイシン<ペニシリン系やセファロスポリン系の順に多いと言う
 大腸菌には、3種類のペニシリン結合タンパク(PBP)が存在する:PBP-1、PBP-2、PBP-3。
 PBP-1を阻害すると、急速に殺菌が引き起こされ、菌が溶解する。
 PBP-2を阻害すると、菌は、球体になり、非発育細菌が形成される。このようなスフェロプラスト(球状の非発育細菌)は、生育力は低下しているが、細胞壁は広範に崩壊していない。抗生剤のイミペネム(imipenem)は、主にPBP-2を阻害するので、スフェロプラスト(球状の非発育細菌)が形成される。PBP-2を阻害する、imipenem、及び、アミノ配糖体(アミカシン、トブラシン)は、菌体からのエンドトキシン(LPS)の放出が、最も少ない。
 PBP-3を阻害すると、菌は、長いフィラメント状になる(フィラメント形成)。PBP-3を阻害する、ペニシリン系やセファロスポリン系は、菌体からのエンドトキシン(LPS)の放出が、多い。エンドトキシン(LPS)の放出は、ペニシリン系やセファロスポリン系は、イミペネム(imipenem)、及び、アミノ配糖体より、20〜40倍多い。放出されたLPSは、宿主の炎症性免疫細胞から、サイトカインを産生させ、全身性炎症反応を起こす。ニューキノロン系のシプロフロキサシン(CPFX)は、PBP-3阻害と類似した効力を呈する。シプロフロキサシンは、菌の生育力は低下させるが、菌体量は増加して、エンドトキシン産生量(LPS産生量)が著明に増加する。ゲンタマイシンは、菌数の増殖を抑制し、溶菌が無い状態のまま、細菌の生育力を減少させるが、エンドトキシン放出(LPS放出)は、シプロフロキサシンに比して、多い。これは、ゲンタマイシンによっても、LPS合成が継続するため。
 なお、ニューキノロン系の抗生剤は、肺炎球菌に有効性が低いが、副作用としての下痢の頻度が少ない

 参考文献
 ・小池麒一郎、他:[緊急座談会] 病原性大腸菌O-157感染症にどう対処するか 日本医師会雑誌 第116巻・第6号、711-731、1996年.
 ・竹田多恵:ベロ毒素産生性大腸菌 小児科 38: 1011-1018、1997.
 ・入交昭一郎、嶋田甚五郎:O157腸管感染症、明治製薬株式会社、学術ビデオ(1998年).
 ・重松美加:保育園・幼稚園における腸管出血性大腸菌感染症、Medical Tribune、44-45、2004年3月11日.
 ・雪下國雄:感染症法に基づく医師の届出基準、日本医師会(平成18年3月20日、発行).
 ・日野谷啓子、他:腸管出血性大腸菌感染症の発病早期における溶血性尿毒症候群発症危険因子の検討、日本小児科学会雑誌、102巻9号、970-974、1998年.
 ・古瀬昭夫:腸管出血性大腸菌による溶血性尿毒症症候群の中枢神経症状合併例の解析、日本小児科学会雑誌、110巻7号、919-925、2006年.
 ・永井英明:下痢・おう吐、きょうの健康、2005.11、34-37頁、日本放送出版協会(NHK).
 ・上原すづ子、黒崎知道:小児の下痢症における病因の変遷 抗菌薬による下痢症、小児科、Vol.41 No.1、2000年、21-29頁.
 ・ミヤBM細粒 添付文書、2006年7月改訂(第3版)、ミヤリサン製薬株式会社.
 ・Eugen Faist Editor:平田公一 日本語版監修、Differential release and impact of antibiotic-induced endotoxin (日本語版)、1996年10月15日発行、萬有製薬株式会社 発行、株式会社ビーアイシー 翻訳・製作.