血管内皮細胞
血管内皮細胞は、微小循環を円滑に維持している。
糖尿病などで、酸化ストレスが増加すると、血管内皮細胞が障害され、NOの産生が低下し、血管が収縮し易く、炎症を起こし易く、血栓が形成され易い体質になる。
血小板の表面は、糖鎖が存在し(糖蛋白質により覆われている)、血管内皮細胞は、陰性荷電を帯びている。その為、正常な血管内では、血小板と、血管内皮細胞は、結合しないので、血小板凝集は、起こらない。
高血圧の治療に、降圧剤として使用されるカルシウム拮抗剤(アゼルニジピンなど)は、血管内皮細胞への単球の接着を抑制し、動脈硬化の進展を、抑制する。
血管内皮細胞は、血管緊張、血液凝固、炎症を調節する。
・血管緊張の調節:血管攣縮(エンドセリンを産生)、血管拡張(NO、PGI2を産生)
・血液凝固の調節:凝固促進(組織因子、凝固第VIII因子を産生)、凝固抑制(PGI2を産生、ヘパリン様物質(ヘパラン硫酸プロテオグリカン)、トロンボモジュリンを含有)
・炎症制御:炎症促進(IL-1、IL-8、PAFを産生)、炎症抑制(NO、PGI2を産生)
1.血管内皮細胞は、血小板機能、凝固線溶系を制御し、血管内で血栓が形成されないようにしている
血管内皮細胞(endothrial cells:EC)は、血管内で血液が凝固しないように、常にPGI2を産生して血小板凝集を抑制し、血液凝固反応を抑制し、線溶系を活発にして、血栓が形成されないようにしている.
a.血管内皮細胞から放出される一酸化窒素(NO)やプロスタグランジンI2(PGI2)は、血小板凝集を抑制する。
NOは、PGI2の産生を高める。
PGI2は、血管内皮細胞に直接働いて、NO産生を高める。NOは、PGI2の産生を相乗的に高める(ポジティブフィードバック)。
PGI2は、血小板のcAMPレベルを上昇させ、cAMPは、血小板内のCa2+濃度(カルシウムイオン濃度)を低下させ、血小板凝集を抑制する。
b.血管内皮細胞表面のADPaseは、血小板から放出されるアデノシンニリン酸(ADP)を分解し、血小板凝集を抑制する。
c.血管内皮細胞は、組織因子や血液凝固第VIII因子を産生する。
他方で、組織因子経路インヒビター(TFPI、注1)を合成して、血栓形成の主要な経路である外因系血液凝固を抑制する。
d.血管内皮細胞で産生される組織プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)は、血管内皮細胞上に結合しているプラスミノゲンを、フィブリンを分解するプラスミンに活性化し、線溶系を活発にし、血栓を溶解させる。
e.血管内皮細胞表面のトロンボモジュリン(TM)は、トロンビンと複合体を形成して、トロンビンの凝固活性を直接阻害するのみならず、抗凝固因子であるプロテインCの活性化を助け、活性化された凝固因子(第V因子、第VIII因子)を不活化させ、血液凝固を抑制する。
f.血管内皮細胞は、ヘパリン様物質(ヘパラン硫酸)を表面に有しており、凝固阻害物質であるアンチトロンビンIII(ATIII)の活性を促進する。
g.血管壁には,血流によってずり応力(shear stress)が、血圧によって法線応力(stretch)が、生じる。
ずり応力は、生理的範囲内では、血管内皮細胞を、血栓が形成されないように機能させる。
例えば、ずり応力がかかることによって、血管内皮細胞からNOやPGI2が放出され、血小板凝集が抑制される。
また、高いずり応力がかかると、t-PAの放出量が増加されて線溶系が賦活され、また、TMの発現量が増加されて血液凝固が抑制される。なお、低い低ずり応力がかかった際は、t-PAの放出は増加せず、また、TMの発現は減少する。
法線応力によるストレッチ刺激は、血管内皮細胞からのt-PAの産生を促進させるという。
動脈硬化の病変は、動脈の分岐部や湾曲部など、血流が変化し、shear stressが低くなった部分に生じやすい。
血管内皮細胞は、shear stressがかかると、細胞接着分子のVCAM-1などの発現が減少する。反対に、shear stressの低い部分では、VCAM-1の発現が亢進し、単球が接着しやすい。
高血圧の治療に、降圧剤として使用されるカルシウム拮抗剤(アゼルニジピンなど)は、細胞内Ca2+濃度(細胞質ゾルのカルシウム濃度:Cac)の上昇を抑制し、血管内皮細胞への単球の接着を抑制し、動脈硬化の進展を、抑制する。
h.血管内皮細胞は、炎症を促進するIL-1(インターロイキン-1)、IL-8を産生する。
i.血管内皮細胞は、PAF(血小板活性化因子)を産生する。
j.血管内皮細胞は、強力な陰性荷電(陰性苛電)を有しており、同じく陰性に荷電した血小板とは反発し合い、血小板の粘着・凝集が防がれている。
なお、赤血球表面も、陰性荷電を有しているが、炎症時などに、陽性荷電を有するフィブリノーゲンやグロ
ブリン(主にα1とα2)が増量すると、赤血球の陰性荷電が中和されて、赤血球の凝集が生じやすくなり、赤血球沈降速度が亢進する。
アルブミンは、陰性荷電を有している。また、腎糸球体の基底膜も、陰性荷電を有している。ネフローゼ症候群では、腎糸球体の基底膜の陰性電荷が消失し、陰性荷電を有しているアルブミンが主に漏出し、血液中のアルブミンが減少し、赤血球沈降速度が亢進する。
k.血管内皮細胞表面のheparan sulphateは、ATIIIを活性化させる。ATIIIは、トロンビンや活性化第X因子(Xa)と結合して、不活化させる。
l.血管内皮細胞の脂質に対する透過性が上昇したり、血管内皮細胞間の間隙が緩み単球が内皮下へ浸潤しやすくなると、動脈硬化が生じ易い。
2.血管内皮細胞は、活性化されたり、障害を受けると、血栓が形成されやすくする
血管内皮細胞は、酸化LDL、糖化蛋白、炎症性サイトカイン(IL-1、TNF-αなど)、ウイルス感染、エンドトキシン、などによって活性化されたり、障害(アポトーシスが起こる)を受けると、細胞表面に組織因子(第V因子)、トロンビン受容体、細胞接着因子(ICAM-1、VCAM-1、セレクチンなど)などが発現する。そのため、血栓が形成されやすくなる。
障害が強度な時には、血管内皮細胞は剥離され、剥離された部位に、血小板が粘着・凝集し、血栓が形成される。
血管内皮細胞が障害を受けた時、活性化された好中球由来のエラスターゼなどにより、トロンボモジュリン(TM)は分解され、可溶性蛋白質として血液中に遊離される。そのため、TMによるプロテインCの活性化は低下し、抗凝固因子による凝固反応のネガティブフィードバックが起きにくくなり、血栓の形成が促進される、と考えられる。
感染症に伴うDIC(播種性血管内凝固症候群)やSIRS(全身性炎症反応症候群)、インフルエンザ脳症などでは、血管内皮細胞が、TNF−αにより活性化された白血球により障害を受けていると考えられる。
インフルエンザ脳症では、解熱剤としてNSAIDsを使用すると、血管内皮細胞障害を強く発現させて、インフルエンザ脳症の死亡率を増加させてしまうと考えられる(「インフルエンザ脳症」のページの「非ステロイド性消炎剤(NSAIDs)の危険性に関する推測」の項を参照して下さい)。
3.酸化LDLは、血管内皮細胞に作用して、血栓が形成されやすくする
a.一酸化窒素(NO)は、血管内皮細胞で産生される。
NOには、血管拡張作用のみならず、血小板凝集を抑制する作用がある。
酸化LDLは、血管内皮細胞からのNO産生を低下させるため、NOによる血小板凝集の抑制作用が減弱し、血栓が形成されやすくなる。
なお、この酸化LDLによるNO産生低下は、酸化LDL中の酸化されたリン脂質、りゾホスファチジルコリン(LPC)によることが、明らかにされている。
b.酸化LDLは、血管内皮細胞を障害して、組織因子を発現させるため、外因系血液凝固が起こり、血栓が形成される。
c.酸化LDLは、プラスミンの産生を促進する組織プラスミノゲンアクチベータ(t-PA)の、血管内皮細胞からの放出を抑制するために、線溶系が抑制され、血栓が溶解されにくくなる。
ただし、実際には、血液中のt-PA値は、血栓が形成されやすい、心筋梗塞や脳梗塞や糖尿病の患者では、高い。これは、作られやすくなっている血栓を溶解するために、t-PAの産生が亢進するためと、考えられる。
d.酸化LDLは、血管内皮細胞にプラスミノゲンアクチベーターインヒビター-1(PAI-1)を発現させるため、線溶系が抑制され、血栓が溶解されにくくなる。
e.酸化LDLは、血管内皮細胞表面のトロンボモジュリン(TM)を減らすため、トロンビンの凝固活性が失活されにくくなる。また、TMの減少により、抗凝固因子のプロテインCの活性化が抑制され、血液凝固にネガティブフィードバックがかからないため、血栓形成が進行する。
4.血管内皮細胞とプロスタグランジンI2(PGI2)
プロスタグランジンI2(PGI2)は、胃粘膜など血管内皮細胞から産生され、血管内の炎症を抑制したり、血管を弛緩させて拡張させたり、血液凝固を抑制したりして、生体の恒常性を維持している。
血管内皮細胞は、ストレス、エンドトキシン、虚血再灌流(注2)などで刺激され、PGI2の産生を促進させ、微小循環障害を抑制しようとする。
しかし、IL-1などで、過剰に活性化された好中球が放出するエラスターゼや活性酸素(過酸化水素:H2O2)などは、血管内皮細胞を障害して、逆にPGI2の産生を低下させる。
エラスターゼと過酸化水素は、血管内皮細胞のトロンボモジュリンを、共同で不活化させる。
活性化された好中球から放出されるエラスターゼは、活性酸素より強力に、血管内皮細胞を障害する。活性酸素は、慢性的に産生され、血管内皮細胞を障害する。活性酸素による慢性的な障害により、エラスターゼに対する感受性が高まっていた血管内皮細胞は、病気になった時に、放出されるエラスターゼにより、強くダメージを受け、血管透過性が亢進したり、微小血栓を形成し、微小循環障害を来たす。
胃粘膜でPGI2の産生が低下すると、胃粘膜の血流が低下したり、微小血栓が形成されて胃粘膜の虚血が起こる。また、活性化された好中球が血管外に浸潤する。ストレスで好中球が活性化されると、これらの胃粘膜の微小循環障害が起こる。
胃粘膜上皮細胞で産生されるPGE2は、胃酸分泌を抑制し、胃粘膜血流を増加させ、胃粘液分泌を促進し、胃粘膜を保護するサイトプロテクション作用をしている。
ストレスなどでPGI2の産生が低下して胃粘膜の微小循環障害が起こると、PGE2の胃粘膜保護作用も低下し、胃酸により、胃粘膜が障害される。
なお、ストレスの初期には、カプサイシン感受性知覚神経の刺激により、血管内皮細胞での一酸化窒素(NO)の産生が亢進され、PGI2の産生が一過性に増加する。
5.エンドセリン
エンドセリン(endothelin:ET)は、血管内皮細胞で合成される、21個のアミノ酸からなるペプチド。
ETには、構成するアミノ酸の差異により、ET-1、ET-2、ET-3の異なるisoformがある。
ETの受容体には、ETA、ETB、ETCのサブタイプがある。
血管平滑筋には、ETA受容体が発現して、主にET-1により、血管を収縮させる。
血管内皮細胞には、ET-1、ET-2、ET-3に選択性のないETB受容体が発現し、NO、PGI2を介して血管を弛緩させる。
ET-1は、血管内皮細胞にて合成・分泌され、血漿中の半減期は約4〜7分。
血管内皮細胞から分泌されたET-1は、まず、平滑筋細胞のETA受容体に結合し、血管収縮を起こす。他方で、ET-1は、血管内皮細胞自身にあるETB受容体に結合して血管弛緩を起こす。
ET-1は、ヒト大動脈血管内皮細胞から、PGI2、PGE1、TXB2を産生させる。
NO、PGI2、PGE2は、ET-1の産生を抑制する。
注1:TFPI(tissue factor pathway inhibitor:組織因子経路インヒビター)は、組織因子による外因系血液凝固の開始を、抑制する:TFPIは、第Xa因子と結合して、第VIIa因子-組織因子複合体を阻害し、外因系血液凝固を抑制する。
TFPIは、一本鎖の糖蛋白質で、リポ蛋白結合性凝固インヒビター(LACI:lipoprotein-associated coagulation inhibitor)、外因系凝固インヒビター(EPI:extrinsic pathway inhibitor)とも呼ばれていた。
TFPIは、血管内皮細胞で合成され、多くは、血管内皮細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカンと結合して存在する。また、TFPIの一部は、血中で、遊離型としてか、リポ蛋白(VLDL、LDL、HDL)と結合した結合型として、存在する。
注2:虚血再灌流は、血管内皮細胞のG蛋白を介して、ホスホリパーゼCを活性化させ、IP3により、小胞体からCa2+(カルシウムイオン)を放出させ、COX-1を活性化させ、PGI2産生を促進させる。
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