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 ライ症候群(Reye syndrome)

 インフルエンザ脳症の病型には、急性壊死性脳症ライ症候群、HSE症候群(HSES)などがある。これらのインフルエンザ脳症は、頭部CTやMRI検査で、微慢性脳浮腫が見られ、また、肝機能障害、血液凝固障害(DIC)も、合併することがある。
 表1 インフルエンザ脳症の病型分類「インフルエンザ脳症」の手引きの8頁の表4を改変し引用)
 病型  脳浮腫の分布  肝機能障害  血液凝固異常注a)  他の特徴的所見  死亡率
 急性壊死性脳症  脳全体+局所病変(視床、脳幹など)  軽度〜高度  なし〜あり  髄液中蛋白増加  高
 古典的ライ症候群  脳全体  中等度〜高度  なし〜あり  高アンモニア血症  中
 ライ様症候群  脳全体  中等度〜高度  なし〜あり  低ケトン性低血糖   高
 HSE様症候群  脳全体(出血や梗塞が加わりやすい)  中等度〜高度  あり  ショック、下痢注b)  高
 けいれん重積型  大脳皮質の一部(両側前頭葉など)  なし〜中等度  なし  −  低
 その他の型  なし〜軽度  なし〜軽度  なし  −  低
 注a:DICなどの血液凝固異常。HSE(様)症候群では、DICにより、腎機能障害、肝機能障害も見られる。
 注b:HSE症候群では、水様性下痢(特に血性)が見られる。急性壊死性脳症でも、高率(42%の症例)に下痢が見られる(ライ症候群と、異なる)。
 

 ライ症候群は、アスピリンの代謝産物のサリチル酸などによる、ミトコンドリアの代謝障害が原因と考えられる。ライ症候群では、ミトコンドリアの代謝障害の為、脳神経機能のみならず、肝機能も障害され、高アンモニア血症も見られる。インフルエンザ脳症でも、ライ症候群では、高アンモニア血症が見られるが、急性壊死性脳症や、HSESでは、通常、高アンモニア血症は見られない。
 ライ症候群で見られる高アンモニア血症は、一過性であり、3〜4日で、正常化することが多い(肝不全による高アンモニア血症と異なる)。

 解熱剤のアスピリンの代謝産物のサリチル酸は、ミトコンドリアで、PTP(permeability transition pore)という穴構造を開いてしまうので、その結果、プロトンを含めた低分子量の物質が、ミトコンドリア外(細胞質ゾル)から、ミトコンドリア内(マトリックス)に流入して、その為、ミトコンドリアは、膨化(膨張化)してしまい、TCA回路が作動しなくなり、NADH2+の生成が減少し、電子伝達酸化的リン酸化によるATP生成が障害され、また、肝臓では、脂肪酸のβ酸化が進行せず、中性脂肪が、蓄積し、ライ症候群を来すと、考えられる(注1)。
 PTPの開口(induction)は、Ca2+に依存する。その理由は、Bernardiの実験結果から、PTPの開口は、膜電位(the proton electrochemical gradient:刄ハH+)により制御されていて、Ca2+Camの増加)が、ミトコンドリア内で、膜電位(刄ハH+)を変化させて、PTPの開口(induction)を引き起こすためと、考えられる。
 Trost等の実験結果では、細胞外Ca2+濃度(Cao)が高いと、サリチル酸の毒性(ミトコンドリア障害作用)が、増強した。細胞外(extracellular)のカルシウムイオン濃度(Ca2+濃度)が高いと、サリチル酸の、毒性(ミトコンドリア障害作用)が、増強したカルシウム拮抗作用のある薬剤(verapamil、diltiazem、chlorpromazine、nifedipine、nisoldipine)は、サリチル酸の毒性(ミトコンドリア障害作用)を、阻害ないし軽減させた

 わが国では、ライ症候群を予防する為に、アスピリン、アスピリン・アスコルビン酸、アスピリン・ダイアルミネート、サリチル酸ナトリウム、サリチルアミド、エテンザミド、ジクロフェナクナトリウムを、15歳未満の小児のインフルエンザや水痘に伴う発熱に対して、解熱などの目的で、原則として、投与しないことになっている。
 インフルエンザ脳症を予防する為に、メフェナム酸を使った解熱剤を、インフルエンザに伴う発熱に対して、原則として、投与しないことになっている。なお、ジクロフェナクナトリウムは、インフルエンザ脳症の死亡率を、上昇させる(悪化させる)。

 生体は、空腹時、激しい運動時、感染時など、ブドウ糖グルコース)を解糖してエネルギーを十分に供給できない時に、主に、脂肪酸をエネルギー源にする(脂肪酸をβ酸化で分解し、アセチル-CoAを生成、TCA回路でNADH2+を生成し、電子伝達系酸化的リン酸化で、ATPを生成する)ので、ミトコンドリアの脂肪酸β酸化系は、重要な役割を果たす。
 そのため、脂肪酸β酸化異常症(FAOD)では、空腹時、激しい運動時、感染時などに、ブドウ糖からのエネルギー供給が不足した時に、低ケトン性低血糖症などの症状で、急性発症しやすい。

 1.ライ症候群(Reye syndrome)
 a.ライ症候群とは
 ライ症候群は、急性脳症と肝脂肪変性(肝障害、注2)を特徴とする。
 ライ症候群は、病理学的所見では、著明な脳浮腫と、特徴的な脂肪肝が、認められる。
 ライ症候群の脳浮腫は、細胞毒性浮腫(細胞毒性型脳浮腫)。ライ症候群の脳浮腫は、細胞毒性脳浮腫(cytotoxic edema:細胞の代謝障害や細胞膜の毒性損傷によって、Na+/K+-ATPaseが障害され、Na+と水が、グリア細胞内に貯留する)により生じると言われる。なお、急性壊死性脳症は、血管原性脳浮腫(vasogenic edema:血液脳関門の毛細血管の血管透過性が亢進し、血漿蛋白が血管外に漏出し、細胞外に浮腫が生じ、また、血漿蛋白が、グリア細胞内に取り込まれるのと同時に、水もグリア細胞内に取り込まれ、白質に浮腫が生じる)により生じると考えられる。脳神経細胞は、脱分極の際に細胞内に流入するNaを、直ちに、Naポンプ(Na+/K+-ATPase)により細胞外に汲み出すことにより、同じ容積を維持している。
 表2 脳浮腫の分類(参考文献の大石氏の表3を改変し引用)
   血管原性脳浮腫  細胞毒性脳浮腫 
 成因  毛細血管透過性亢進  細胞膜のイオン交換障害
 水分貯留部位  細胞外腔  細胞質内
 浮腫発症部位  主に白質  灰白質や白質
 浮腫液成分  漏出血漿蛋白  細胞内の水とNa
 細胞外液量  増加  減少
 毛細血管アルブミン透過性  亢進  正常
 原因疾患  脳卒中(脳梗塞、脳出血)、脳腫瘍、脳膿瘍、頭部外傷、化膿性髄膜炎  低酸素血症(虚血性脳症)、ライ症候群
 発症時期  早期  遅期
 副腎皮質ステロイド剤  有効(脳腫瘍、脳膿瘍)  無効
 高浸透圧液  正常脳組織の体積をは減少させる  低浸透圧時に脳体積を減少させる
 ライ症候群の脂肪肝は、microdroplet fatty liverと呼ばれる:肝細胞の電子顕微鏡所見では、核が肝細胞の中心に存在し、小細胞滴が核の周囲に沈着し、ミトコンドリアがアメーバ状に変形し、ペルオキシソームが増加する。
 
 ライ症候群は、B型インフルエンザなどによる上気道炎(90%)や水痘(5〜7%)で発熱して回復した後(5〜7病日以内)に、長時間、嘔吐し(protracted vomiting)、急激に、昏睡などの意識障害痙攣(急性脳浮腫)を来たし、最悪、死亡する。
 血液検査では、肝臓や筋肉由来の酵素(GOTGPTLDH、CPKなど)が上昇し、高アンモニア血症(高NH3血症)、低プロトロンビン血症も、見られる(黄疸は見られない)。
 低血糖は、乳幼児(younger patients)では認められる:しかし、低血糖が見られる場合は、ライ症候群に類似した症状を来たす先天性代謝異常症の可能性もある。
 ライ症候群では、ミトコンドリア障害により、TCA回路糖新生尿素回路などの代謝機能が、障害を受ける。
 表3 ライ症候群と急性壊死性脳症の比較
 特徴   ライ症候群注a)  急性壊死性脳症
 好発年齢  6歳(4〜12歳)  5歳以下(特に1〜3歳)
 発症時期  発熱して5〜7日後  発熱して平均1.4日後
 発熱の原因  B型インフルエンザ、水痘が多い注b)  A型インフルエンザ(A香港型)が多い
 嘔吐  +  +
 下痢  −  
 痙攣  +(急性脳浮腫)  +
 異常行動  −  +(熱性譫妄:意味不明の言動、うわごと)
 意識障害  +  +
 肝組織所見  脂肪沈着(変性)、ミトコンドリアの膨化  肝小葉中心静脈周囲の凝固壊死
 肝機能障害  +(GPT65〜6,935IU/L)注c)  +(GPT17〜1,810IU/L)
 黄疸  −  −
 高アンモニア血症    −
 腎機能障害  −  +(BUN上昇、血尿・蛋白尿)
 低血糖  +(in younger patients)  −(むしろ高血糖)
 血液凝固障害  +  +(DICを合併)
 血小板減少  −  
 病因  サリチル酸等によるミトコンドリア障害  血管内皮細胞障害
 注a:ライ症候群に類似した症状を来たすライ症候群類似先天性代謝異常(2歳以下の乳幼児に多い)を除く。
 注b:ライ症候群は、B型インフルエンザ、水痘以外に、肺炎マイコプラズマ、パラインフルエンザウイルス3型などに感染後にも、発症報告がある。
 注c:ライ症候群の方が、急性壊死性脳症より、肝機能障害が、高度な傾向がある。

 2歳以下の小児に好発する、先天性代謝異常に合併するライ症候群類似先天性代謝異常とは異なり、ライ症候群は、5歳以上の年長児に、好発する:典型的には、ライ症候群は、約6歳の小児に、最も多発する(4歳〜12歳の症例が多い)。

 肝臓は、中性脂肪(トリグリセリド)が蓄積する(注2)ので、肝臓は、黄色ないし白色になる(a yellow to white liver)。
 肝生検して、電子顕微鏡で観察すると、電子顕微鏡で観察すると、細胞質ゾルに脂肪滴が蓄積(瀰漫性微細脂肪沈着)し、ミトコンドリアの膨化、クリステの破壊など、特有なミトコンドリアの形態異常を示す。
 このような脂肪沈着(変性)、ミトコンドリアの膨化は、脳組織(brain tissue)でも、見られる。なお、著明な脳浮腫が、肉眼で見られるが、脳の組織切片でも、髄膜、あるいは、血管周囲の炎症を伴わない脳浮腫を呈する。

 ライ症候群では、ミトコンドリア障害の為、肝臓のミトコンドリア内の、オルニチントランスカルバミラーゼ(ornitine transgarbamylase:OTC)、カルバミルリン酸合成酵素(carbamylphosphate synthetase:CPS)、ピルビン酸脱水素酵素(pyruvate dehydrogenase:PDH)などの酵素活性が、半分以下に低下している。
 ライ症候群では、ミトコンドリア障害の為、ピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)、コハク酸脱水素酵素、シトクローム酸化酵素の活性も低下する。しかし、細胞質ゾル内の酵素活性(cytosolic enzyme活性)は、正常と言われる。

 表4 ライ症候群の臨床的重症度の判定基準
 Grade  その時点での徴候
 I  傾眠傾向
 II  精神的無反応、昏迷、あばれる、過呼吸、反射亢進
 III  浅い昏睡、けいれん、除皮質硬直、対光反射正常
 IV  けいれん、除脳硬直、対光反射消失
 V  昏睡、深部腱反射消失、呼吸停止、瞳孔散大、脱力と硬直、脳波の平坦化
 なお、脳浮腫(脳圧亢進)に対して、10%グリセロール(医薬品名:グリセオール注)を点滴静注することは、禁忌と思われる:グリセロールは、肝臓で代謝され、糖新生に利用されたり、脂肪酸とエステル結合され、中性脂肪の合成に利用されるので、脂肪代謝に影響を及ぼす。脳浮腫には、マンニトールの点滴の方が、望ましい。

 b.ライ症候群とアスピリン
 NSAIDsの中でも、古くから解熱や鎮痛を目的に使用されたアスピリンは、ライ症候群の発症に関連するとされる。
 ライ症候群は、インフルエンザ様疾患や水痘に罹った小児が、アスピリンを含有している薬物を摂取すると、発症する危険性が高くなる。

 アスピリンは、ミトコンドリアの形態に、変化を引き起こす:
アスピリンが、体内で代謝されて生成されるサリチル酸は、肝細胞のミトコンドリア膨化を引き起こす 

 アスピリン投与と、ライ症候群の発症とには、密接な関連があることが、多くの疫学的研究が、示唆しているが、サリチル酸が、ライ症候群発症の、重要な因子であると、考えられている。
 アスピリンが、体内で代謝されて生成されるサリチル酸が、ミトコンドリアの機能を抑制し、ライ症候群を発症させるものと考えられる。
 米国では、ライ症候群が多発した時期があった:アスピリンの使用量は、米国のライ症候群患者には、中央値で26.4mg/kg/日であったと言う。日本での小児へのアスピリン使用量は、通常10〜20mg/kg/日と言われる。

 サリチル酸は、ミトコンドリアで、PTP(permeability transition pore)という穴構造を開いて、膜電位を低下させてしまい、その結果、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が、障害されて、ミトコンドリア内のNADH2+が、減少すると考えられる。

 PTPが開くと、PTPの穴を、プロトン(水素イオン)が通過(流入)して、ミトコンドリア膜の膜電位(the mitochondrial transmembrane potential:Delta Psi )が、低下し、酸化還元電位が変化する。また、PTPの穴を介して、他の物質がミトコンドリア内(マトリックス)に流入して、ミトコンドリアが膨化して、アポトーシスが誘導される(pro-apoptogenic)と、考えられる。

 Trost等の、ラットの培養肝細胞を用いた実験結果では、0.3〜5mMのサリチル酸が、濃度に比例して(concentration-dependent)、細胞を死滅させた。3mMの濃度のサリチル酸を使用して、半数の細胞が死滅する(half-maximal cell killing)は、150分だった。
 また、サリチル酸の毒性(ミトコンドリア障害作用)は、細胞外のカルシウムイオン濃度(Ca2+濃度)が高いと、増強したカルシウム拮抗作用のある薬剤(verapamil、diltiazem、chlorpromazine、nifedipine、nisoldipine)は、サリチル酸の毒性(ミトコンドリア障害作用)を、阻害ないし軽減させた注3)。
 Ca2+濃度の高い緩衝液(buffer)中でも(培養しても)、カルシウム拮抗作用のある薬剤は、ミトコンドリア内の遊離カルシウムイオン(mitochondrial free Ca2+)の上昇を、阻害した。
 ライ症候群は、米国では、1974年以降、4〜12歳(おおよそ、6歳)の小児に多く発症したが、1988年までには、ライ症候群の発症例は、激減している。これは、アスピリン使用が減少したためか、ライ症候群に類似した症状を来たす先天性代謝異常症である、MCADD(中鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症)として診断されるようになったためなのか、定かでないと言う。

 ライ症候群を予防するために、15歳未満の小児がインフルエンザや水痘に罹った時は、解熱などの目的でアスピリンを使用してはならない(原則禁忌)。アスピリンの添付文書には、「サリチル酸系製剤の使用実態は我が国と異なるものの、米国においてサリチル酸系製剤とライ症候群との関連性を示す疫学調査報告があるので、本剤を15才未満の水痘インフルエンザの患者に投与しないことを原則とするが、やむを得ず投与する場合には、慎重に投与し、投与後の患者の状態を十分に観察すること。」と書かれている。サリチルアミド(PL顆粒に含まれる)、エテンザミドは、代謝されてサリチル酸にならないが、アスピリン同様に、使用してはならない。
 また、一般用医薬品では、アスピリン類(バファリンA、エキセドリン、ケロリン)は、15歳未満の小児には、使用してはいけないことになっている。
 なお、小児用バファリンは、成分はアスピリンでなく、アセトアミノフェンが配合されている。

 わが国では、ライ症候群を予防する為に、アスピリン、アスピリン・アスコルビン酸、アスピリン・ダイアルミネート、サリチル酸ナトリウム、サリチルアミド、エテンザミド、ジクロフェナクナトリウムを、15歳未満の小児のインフルエンザや水痘に伴う発熱に対して、解熱などの目的で、原則として、投与しないことになっている。
 インフルエンザ脳症を予防する為に、メフェナム酸を使った解熱剤を、インフルエンザに伴う発熱に対して、原則として、投与しないことになっている。なお、ジクロフェナクナトリウムは、インフルエンザ脳症の死亡率を、上昇させる(悪化させる)。
 
 2.ライ症候群類似先天性代謝異常症
 先天性の代謝異常症でも、ライ症候群に類似した症状を示すことが知られていて、ライ様症候群(Reye様症候群)などと、呼ばれている。
 古典的ライ症候群と異なり、
感染による発熱が下がらないうちに発症し、アスピリン(サリチル酸)との因果関連もほとんど認められず、罹患率の減少も見られない。
 ライ症候群類似先天性代謝異常症は、
2歳以下の乳幼児に好発し、インフルエンザとの関連は、強くない。他方、ライ症候群は、5歳以上の年長児に生じ、インフルエンザとの関連が強く、感染による発熱が、一旦、解熱した後に、発症する。
 わが国では、先天性の代謝異常症で、ライ症候群に類似した症状を示す症例の方が、多い。

 ライ症候群では、頭部CT所見は、全大脳型(最初から脳全体に浮腫が見られる)を示す場合と、遅発性皮質型(経過中に大脳皮質に浮腫が見られる)を示す場合とがある。
 表5 古典的ライ症候群とライ様症候群の比較
 特徴  古典的ライ症候群  ライ様症候群
 地域  米国に多い  日本に多い
 年齢  年長児に多い  乳幼児に多い
 水痘との関連  大  小
 アスピリンとの関連  大  小
 低血糖  多い  稀
 高アンモニア血症  多い  稀
 a.先天性代謝異常症
 
オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症(OTC欠損症:ornithine transcarbamylase deficiency)、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAリアーゼ欠損症、全身性カルニチン欠損症は、従来から、ライ症候群類似の症状(ライ様症候群)を来たすことが知られている。
 表6 ライ様症候群を呈し得る基礎疾患
 アンモニア代謝異常  OTC欠損症、シトルリン血症、
 脂肪酸代謝異常  カルニチン欠損症、CPT-I欠損症、
 糖質代謝異常  果糖不耐症、F-1,6-diP欠損症、
 有機酸代謝異常  メチルマロン酸尿症、プロピオン酸尿症、グルタール酸尿症、
 ミトコンドリア代謝異常  
 ピルビン酸代謝異常  
 OTC欠損症は、ライ様症候群(ライ症候群類似)を来たす代表的な疾患であり、アスピリン投与が、発症の契機になる。もし、OTC欠損症の患児が、アスピリンを服用後に、ライ症候群に類似した症状を発症すると、ライ症候群と、誤診される恐れがある。
 OTC欠損症の遺伝形式は、X連鎖(伴性遺伝)だが、女性(ヘテロ接合体)も発症するので、男女比は、1:1ないし、1:2とされる(X-linked semidominant)。
 OTCは、アンモニアを処理する尿素回路で、オルニチン(ornithine)をカルバミルリン酸(carbamyl phosphate)と結合させ、シトルリンcitrulline)を合成する酵素。
 男性患者の母親は、保因者のことが多く、女性患者の母親は、ほとんど保因者でない。
 患者さんの半分は親(ほとんどが母親)からの遺伝、残りの半分は新生児突然変異が原因と言われる。
 突然変異は、母親よりも、父親の生殖細胞で起こりやすい。
 OTC欠損症の患者さんは、高アンモニア血症のため、倦怠感、嘔吐などの症状で発病し、次第に、言動異常、興奮、視力障害、意識障害を呈する。黄疸、凝固異常など、肝細胞の実質障害の所見は、著明でない。


 b.ミトコンドリア脂肪酸β酸化異常症(FAOD:fatty acid oxidation defect)
 
FAODは、肝機能障害を伴うライ症候群類似(mimicker of Reye syndrome)の急性脳症を発症したり、乳幼児突然死症候群(SIDS:sudden infant death syndrome)の原因となることがある。
 FAODでは、感染症や飢餓の際に、ケトン性低血糖症が見られる。

 3.ライ症候群に伴なうミトコンドリア脂肪酸β-酸化異常
 ライ症候群では、ミトコンドリアが障害される結果、ミトコンドリア内で行われる脂肪酸のβ-酸化も、障害される(異常を来たす)。
 ライ症候群では、ミトコンドリア脂肪酸β-酸化異常の結果、尿中アシルカルニチン分析では、アセチルカルニチンのほかに、アシルカルニチン(C6〜C12のジカルボン酸)が検出される。
 ライ症候群では、ミトコンドリア障害の為、ミトコンドリア内で、長鎖脂肪酸(アシル-CoA)の代謝で生成されるアセチルカルニチンや、中鎖脂肪酸(MCT)や短鎖脂肪酸の代謝で生成されるアシルカルニチン(C6〜C12のジカルボン酸に対応するC6〜C12 dicarboxylic acylcarnitine)が、尿中に増加する。(尿中の)C6〜C10 dicarboxylic acylcarnitineは、C6〜C10 dicarboxylic acidの10%以下だが、C12 dodecandionylcarnitineは、C12 dodecandioic acidより高濃度。ライ症候群では、ジカルボン酸のβ-酸化が一部障害され、dodecandionyl-CoAが蓄積し、dodecandionylcarnitineが生成されると言う。
 カルニチンは、長鎖脂肪酸をミトコンドリア内に輸送するのに、キャリアとして、必要。

 ライ症候群やライ様症候群(Reye症候群類似疾患)では、多くの場合、アシル-CoAが蓄積する。
 ライ症候群では、肝組織中に、短鎖アシル-CoA、中鎖アシル-CoA、分岐鎖アシル-CoAが蓄積する:octanoyl-CoA、isovaleryl-CoA、butyryl-CoA、isobutyryl-CoA、propionyl-CoA、methylmalonyl-CoAが蓄積する(中鎖脂肪酸や、短鎖脂肪酸は、カルニチンと結合しなくても、ミトコンドリア内に輸送されるので、カルニチンはキャリアとして重要でない)。
 ライ症候群では、肝組織中のアセチル-CoAは、正常の半分程度の値が、存在する。ライ症候群では、(肝組織中の)遊離CoAは、著明に減少し(正常の10%)、遊離CoA/アセチル-CoA比は、0.,5以下になる。
 FAODの一つ、中鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症(MCADD)では、肝組織中のアセチル-CoAは、著明に減少する点が、ライ症候群と異なる。

 FAOD(ライ様症候群を来たす)では、ジカルボン酸が、尿中に、多量に排泄される(ジカルボン酸尿症)。FAODでは、低ケトン性ジカルボン酸尿症で、セバシン酸(C10)/アジピン酸(C6)比が、高い。ジカルボン酸尿症は、アセトン血性嘔吐症や、飢餓時など、脂肪酸酸化が亢進した状態でも、認められるが、これらの場合は、ケトン性ジカルボン酸尿症であり、ケトン体合成が、亢進する。ジカルボン酸尿症は、MCTミルクや、MCTオイルなど、中鎖トリグリセリド(中性脂肪)を多量に摂取した場合にも、認められるが、この場合も、ケトン性ジカルボン酸尿症であり、ケトン体合成が、亢進する。

 ミトコンドリアの呼吸鎖(電子伝達系+酸化的リン酸化系)と、脂肪酸β-酸化系とは、密接な関係があり、運動時、絶食時などには、脂肪酸β-酸化により生成されるNADH2+などを、呼吸鎖で利用して、ATP(エネルギー)が、生成される。
 4.HSES
 HSES(hemorrhagic shock and encephalopathy syndrome:出血性ショック脳症症候群)も、インフルエンザ感染に合併することがある脳症で、発熱、ショック、脳症(意識障害、痙攣)、出血傾向、水様性下痢などの症状が現わる。
 HSES(HSE症候群)の発症年齢は、2〜10カ月の乳児に多く、典型的なライ症候群の発症年齢(4〜12歳)より低く、また、早期に、下痢(特に血性)や、DICを生じる点も、ライ症候群と異なる。
 HSESでは、急性脳症と、DIC以外に、肝機能障害、腎機能障害も、合併する。
 HSESでは、ライ症候群と異なり、血液検査で、高アンモニア血症を認めず、病理組織所見で、肝組織に、脂肪沈着を認めず、壊死(centrilobular necrosis、あるいは、widespread necrosis)の所見を示す。
 HSES(HSES様症候群)は、ライ症候群と異なり、高アンモニア血漿は見られない。また、HSES(HSES様症候群)は、肝生検では、非特異的な脂肪変性と、centrilobular hepatic necrosisが認められて、瀰漫性微細脂肪沈着が認めれられるライ症候群と、異なる。

 5.その他
 ・アスピリンは、川崎病の治療に用いる場合、急性期有熱期間は、30〜50mg/kg/日を3回に分けて経口投与する。解熱後の回復期から慢性期は、3〜5mg/kg/日を1回経口投与する。
 アスピリン内服中の15歳未満の川崎病の患者が、水痘、インフルエンザを発症した場合は、原則として、内服を中断する(ライ症候群の発症のおそれがある為)。しかし、やむを得ず投与を継続する場合は、慎重に投与し、投与後の患者の状態を十分に観察することになっている(添付文書)。

 注1:ライ症候群では、サリチル酸によるミトコンドリア障害のため、NADH2+の生成(TCA回路)、ATP生成(電子伝達系酸化的リン酸化)、糖新生、尿素の生成(尿素回路)、脂肪酸のβ-酸化、ケトン体の生成、など、様々な代謝が、障害される。

 注2:ライ症候群(Reye's syndrome、Reye syndrome)は、オーストラリアの病理学者Reyeが、1963年に、最初に、報告した。ReyeらのLancetへの報告論文の表題が、「Encephalopathy and fatty degeneration of viscera(脳症と内臓の脂肪変性)」だったように、ライ症候群では、急性脳症に、肝臓、腎臓など諸臓器の脂肪変性を伴なう
 ライ症候群で、肝臓に中性脂肪が蓄積して、脂肪変性を来すのは、サリチル酸によるミトコンドリア障害の為、TCA回路が作動しなくなり、脂肪酸のβ-酸化も減少し、脂肪組織から放出されている遊離脂肪酸が処理されず、肝臓に、中性脂肪が蓄積する為と、考えられる。
 サリチル酸などのNSAIDsは、PTPと言う、ミトコンドリアの内膜と外膜を貫通する穴構造を、開口させて、プロトンなどを、ミトコンドリア内に流入させ、膜電位(Delta Psi )を、低下させてしまい、ミトコンドリアは、膨化する。
 その結果、電子伝達で生じる、プロトン勾配がなくなり、ATP合成も、阻害される。電子伝達系酸化的リン酸化は、共役しているので、酸化的リン酸化でATPが合成されないと、電子伝達が起こらない。
 アポトーシスを惹起するPTPの開口(induction)は、Ca2+に依存する。その理由は、Bernardiの実験結果から、PTPの開口は、膜電位(the proton electrochemical gradient:刄ハH+)により制御されていて、Ca2+Camの増加)が、ミトコンドリア内で、膜電位(刄ハH+)を変化させて、PTPの開口(induction)を引き起こすためと、考えられる。
 
 注3:ニフェジピン(nifedipine)などのカルシウム拮抗剤や、クロルプロマジン(chlorpromazine)のような精神安定剤は、サリチル酸の毒性(PTP開口作用)を弱め、ミトコンドリア障害を軽減するので、ライ症候群やインフルエンザ脳症の治療に、有用かも知れない。

 参考文献
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 ・水口雅:インフルエンザ脳症 話題の医学(ビデオ:万有製薬株式会社提供、2002年12月22日放送).
 ・水口雅:小児急性壊死性脳症 小児科 39: 279-287, 1998.
 ・水口雅:インフルエンザ脳症 日本医師会雑誌 121:393-397, 1999.
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